ベルクソンの「物質と記憶」を中心に、心脳問題について、過去にmixiで書いた文章を推敲し直して載せています。

テキストは、アンリ・ベルクソンの「物質と記憶」第2刷(ちくま文芸文庫版、合田 正人、松本 力訳)を使っています。『ベルクソン「物質と記憶」メモ』と記事のタイトルにあるものの引用文のページと行はこのテキストのものです。


2012年12月20日木曜日

ベルクソン 「物質と時間」メモ その5 第四章 「知覚と物質、魂と身体」  第六節 「魂と身体」



ここでは、第六節 『魂と身体』(p.311 7行目-p.317 11行目)を解説します。ここは、この章の最後の節でもあり、つまりは、この本の本文の最後の節でもあります。したがって、第四章のまとめであると同時にこの本で論じられてきたことのまとめにもなっています。なお、この節の内容は後段で説明を詳しくされていく構成になっているので初めの方の段落においては詳細な説明をせず、ごく簡単に内容を紹介しておくことにしました。読者各位におかれては不親切と感じられるかもしれませんがよろしくご高配を賜りたくお願いいたいます。

(2012/12/18 筆者注:「なお、」以下を加筆した。読者の皆様にはご迷惑をお詫びいたします)

では、第一段落(p.311 8行目-15行目)を見ていこう。ここは、『魂と身体』というこの節のテーマから見た第三章までの内容が簡単にまとめられている。短い段落なのでほとんどを引用することになる。

まず、第一章で結論を述べていたことを、ここまで演繹してきたことでもう一度そこへ戻っていくということが述べられ、次にベルクソン独特の言い回しによって『知覚』についての考察が以下のようにまとめられている。

『われわれの知覚は本来精神のうちによりもむしろ事物のうちにあり、われわれのうちによりもわれわれの外にあるのだとわれわれは言った。多様な種類の知覚はいずれも実在への真の方向を示している。』(p.311 9行目-11行目)

しかしながら、外側にあるはずの知覚は『事実的に』といいうよりむしろ『権利的に』存在する。ということ、すなわち、『知覚』は対象を記憶と一致させることによって始めて『知覚』としての有用性をもつということが述べられる。以下、残りの部分を引用したい。

『しかし、われわれが付け加えたように、その対象と一致する知覚は事実的によりむしろ権利的に存在し、その様な知覚は瞬時のうちに行われるだろう』(p.311 11行目-13行目)

(2012/12/14 筆者注:上引用文を付加。引用文を増やすことで、ややわかりやすくすることにした。ここでも、またご迷惑をおかけし、大変申し訳ありません)

『具体的な知覚の中には記憶が介入しており、感性的諸性質の主観性は、記憶としてしか始まらないわれわれの意識が、多数の瞬間を相互に引き継がせて、ただ一つの直感のなかに凝縮させようとすることに由来する。』(p.311 13行目-15行目)

以上、簡単ではあるが第一段落を解説した。


第二段落(p.311 16行目-p.313 2行目)を見ていこう。ここでは、この節のテーマでもある『魂と身体』の結びつきには、前段落で述べられた内容では不足し、二元論を緩和する精神と物質の結びつきを説明するためには『無際限』で『等質的空間』に『運動」や『物質』(あるいは延長と質)があるのではなく『持続』という観念においてそれらの物の本来的な存在を捉えなければならないと主張される。

まず、最初の部分を引用しよう。

『このように、意識と物質、魂と身体は知覚において接触した。しかし、この考えはある面で不明瞭なままだった。なぜならその場合、われわれの知覚、ひいてはわれわれの意識も、物質に与えられている可分性を分有しているように思われたからだ。』(p.311 16行目-p.312 2行目)

『われわれが二元論的仮説において、知覚される対象と知覚する主体の部分的一致を受け入れるのを嫌うとしても、それは、対象がわれわれにとって本質的に無際限に分割可能と見える代わりに、われわれがみずからの知覚の不可分な統一性を意識しているからだ。』(p.312 2行目-5行目)

まず、一番目の引用では、第一段落を受けて、第一章で詳しく検討された『純粋知覚』の理論について、本章第三節と第四節の始めでも検証されたように『等質的空間』に『運動』や『物質』が置かれていると仮定していたがために、知覚の仕組みを説明するだけでは二元論を緩和できないということを述べ、その理由を二番目の引用で、『対象がわれわれにとって本質的に無際限に分割可能』と見なし、それと対称させるように、われわれは知覚の方を『不可分な統一性』を持つと『意識しているからだ』、と指摘してる。

(2012/12/14、12/18 筆者注:「第一段落を受けて、第一章で詳しく検討された『純粋知覚』理論について、本章第三節と第四節の始めでも検討されたように」という語句を補足。また、『われわれがみずからの知覚の不可分な統一性を意識しているからだ。』の部分の解説が、正確性に欠ける思われるために修正をした。これまでの未熟さをお詫びいたします)

『ここから、非伸張的な感覚を伴う意識が、延長せる多様性の前に置かれているとの仮説が生じる』(p.312 5行目-6行目)

『しかし、物質の可分性が、物質に対するわれわれの行動、つまり物質の様相を変えるわれわれの能力にとって全面的に相対的であるならば、物質の可分性が物質そのものではなく、われわれが物質をわれわれに捕獲させるためにこの物質の下に張っている空間に属するならば、そのとき困難は消え去るだろう』(p.312 6行目-10行目)

この辺り、かなり難解な文章ではあるが、ここまで読まれてきた読者諸氏には十分ご理解頂けているに違いないと思う。内容的には前節の最後の段落に書いてあったことに非常に近い。上記の初めの引用文(p.312 5行目-6行目)、『意識』の中で閉ざされている『非伸張な感覚』(以前の言い方では『感性的諸性質』)と『延長せる多様性』(物体の大きさ、立体感、などの『延長』)の二つの要素がそれぞれ二元論的に混じり合うことはないまま、『物質』としての実在をわれわれの『感覚』は受け取っているという仮説と言えるだろう。また、次の引用文(p.312 6行目-7行目)は、それに対するベルクソンの説を指している。すべては一度きりの出来事であるという考え方のこと『知覚』された『運動』や『物質』は不可分であり、また『知覚』に『伸張性』があることは心理学的な裏付けもあった。

(2012/12/15 12/19 筆者注:上の段落においては、「しかし、ベルクソンが批判してきたような二元論では、」という部分は言葉が足りていないと思われたので、第五節での批判してきた学説が少なくても一つは思い起こせるような表現にした。本来は、力動説(アリストテレス・ライプニッツ)、機械論(デカルト)、カントの学説ほかイギリス観念論なども含まれるが、冗長と思われたことと、以前の表現をできるだけ変えない方針で訂正をしているため、このような表現とした。このほか、ややわかりにくいところや余分だと思われた箇所を変更した部分がある。読者の皆様には、たびたび未熟なところをお見せすることになり、本当に申し訳なく思います)

こうして、『感覚は伸張を取り戻し、具体的な延長はそれ本来の連続性と不可分性を回復する』(p.312 15行目)

以下、この段落の最後までを引用しよう。

『そして、二つの項のあいだに乗り越えがたい障壁として聳<<筆者註:そびえ>>え立っていた等質的空間は、図式あるいは象徴として以外の実在性をもはや持たない。等質的空間は、物質に対して働きかける存在の振る舞いに係わっているのであり、物質の本性について思弁する精神の働きに係わっているのではない』(p.312 15行目-p.313 2行目)

以上、第二段落を解説した。


第三段落(p.313 3行目-p.314 4行目)を見ていこう。ここから数段落は、内容的には第二段落とほとんど変わらない。ただ、その強調されているところがやや違ってきており、少しずつ考察を深めていくような形になっている。それぞれ短い段落であるので、ここからは、ほぼ全文を引用することになるだろう。

いつものように最初の部分を引用する。

『まさにそれによって、われわれのすべての研究が収斂するところの問題、魂と身体の結合についての問題がある程度は明らかになる。』(p.313 3行目-p.313 4行目)

『この問題の不分明さは、二元論的仮説において、物質を本質的に分割可能とみなし、一切の魂の状態を厳密に非伸張的なものとみなし、その結果、二つの項のあいだの連絡の切断から始まることに起因している。』(p.313 4行目-p.313 6行目)

これまでも、十分に見てきたことであるが、ベルクソンはこの部分をしきりに繰り返す。まず、この段落では、この切断(あるいは『二重の公準を掘り下げること』(p.313 7行目))から見出されることとして、

 ・『物質に関しては、具体的で不可分な延長とその下に張られた分割可能な空間等の混同』(p.313 7行目-8行目)
 ・『精神に関しては、延長と非延長とのあいだには段階や可能的推移は存在しないという欺瞞的な考え方』(p.313 8行目-10行目)

ということを挙げ、批判している。

『しかし、これら二つの公準が共通の過ちを隠し持っているならば、』(p.313 10行目)ということで、すなわち、次のように美しく記述している。

(2012/12/15 筆者注:以下の段落では主にどこで述べられているかなどを改めて補足した。未熟をこころよりお詫びすると共に、形式的にも、記述の美しい流れも途中で壊したくないという配慮もあり、ここにまとめて注することをお許し願いたいと思います)

『観念からイマージュへ、イマージュから感覚への漸近的な移行があるならば、』(p.313 10行目-11行目)

ここでは、第二章や第三章での『感覚』と『記憶』の関係(p.191図2参照)、

『魂の状態が、このように現勢態すなわち行動へと進展するに応じて、よりいっそう伸張に近づくならば』(p.313 11行目-12行目)

ここでは本章第三節、第四節で見た『運動』をありのままに見るということ、

『最後に、ひとたび到達されたこの伸張が不可分なままで、それによって魂の統一性に何らかの仕方で調和するならば』(p.313 12行目-14行目)

そして、すなわちここは、特に本章第四節でA-D変換に例えての『感官』から『感覚』への働きを説明したあと、その最後の段落で逆に捉えた『物体』や『運動』を『波動』として物事を考えることを説明している部分ほか、『知覚』が『伸張性』もつという心理学的にも明らかになった事実、

これらのことが検証され明らかになったとき、『精神は純粋知覚の行為において物質に重なることができ、したがって、物質と結合することができるということ、にもかかわらず精神は物質と根底的に区別されるということが理解される』(p.313 14行目-16行目)




では、この段落の最後までをいつものように引用してこの段落の説明を終わりたい。

『そのときでさえ精神は、<記憶>すなわち未来のための過去と現在の総合であるという点で、物質から区別される。この物質を利用し、精神と身体の結合の存在理由たる行動によって現出するために、物質のこれらの瞬間を凝縮させている点で、精神は物質から区別されているのだ。だから、本書の冒頭で、身体と精神の区別は、空間に応じてではなく時間に応じて確立されねばならないとあれわれは言ったのは正しかったのである』(p.313 16行目-p.314 4行目)

以上、第三段落を解説した。


第四段落(p.314 5行目-p.315 1行目)を見ていこう。この段落は、第三段落を受けて更にその考察を深める段落となっている。ここも非常に短い段落なので、ほぼすべてを引用することになる。

まず、最初の部分を引用しよう。

『通俗的な二元論の間違いは、空間の観点に身を置き、一方には、物質とその諸変化を空間の中に置き、他方には、非伸張的な諸感覚を意識の中に置くことである』(p.314 5行目-6行目)

と始まる。このことが原因で、精神と肉体、相互の働きかけあいの関係が分からなくなり、また、『そこから、事実についての偽られた確認でしかなく、またそうでしかありえない数々の仮説 —併行論の考えであれ予定調和の考えであれ— が生じる』と批判する。(p.314 6行目-9行目をまとめた)

さらに、こうも批判する。

『しかし、同様にそこから、記憶の心理学にせよ、物質の形而上学にせよ、それらを構成することの不可能性もまた生じる』(p.314 9行目-11行目)

一方で、ベルクソンたちは、『この心理学とこの形而上学が連帯していること、そして主体と客体が合致している純粋知覚から出発し、』と、まずイマージュという概念を提案したこと(『この心理学とこの形而上学が連帯していること』の部分、『この形而上学』とは『物理学の形而上学』ということに注意)、『純粋知覚』という、われわれの身体という特別なイマージュに外界が与える影響をそのままに受け取ったものと定義されるもの(第一章第十一節『イマージュの本来の伸張性』の特にp.79 12行目-p.80 1行目の部分を参照)と始まりの部分を述べ、『物質と精神という二つの項をそれらの各々の持続のなかへと押しやる二元論のなかでは諸困難が軽減されるということを明らかにしようとした』とこの第四章までの道のりを述べ、この段落の結論を述べる。

では、その部分を引用して、第四段落の解説を終えよう。

『 —つまり物質は、物質の分析を更に先へと続けるにつれて、相互に演繹し合い、それによって<相互に同等である(s'équivalent)>ような無限に短い瞬間の連続しかないへと次第に近づいていき、一方の精神は知覚においてすでに記憶であり、過去の現在への引き延ばし、ひとつの<進展>、本物の進化として益々肯定されることになる』(p.314 14行目-p.315 1行目、<>内はテキスト傍点つきとイタリック)

以上、第四段落を解説した。


第五段落(p.315 2行目-p.316 8行目)を見ていこう。ここでは、さらに第四段落を受けて、ベルクソンたちの仮説が本当に有用なものかということが、さらに検討される。ここも長い段落ではないが、内容がやや難しいので少しずつ引用しながら見ていきたい。

まず、最初の部分を引用しよう。

『しかし、身体と魂の関係はそれによってよりいっそう明晰なものになるのだろうか。空間的な区別に、われわれは時間的な区別を置き換える。二つの項はそれによって、よりいっそう結合できるのだろうか。』(p.315 2行目-4行目)

と、問いを投げかける。この問いがこの段落のテーマである。

そこで、まず、一般的な二元論、つまり、精神と物質をわけるものが空間的、すなわち、精神はこの物質世界と別のところにあると考える二元論が検討される。

『第一の区別[空間的な区別]は程度の差を許容しないとということを指摘しなければならない。物質は空間の中にあり、精神は空間の外にある。それらのあいだに可能的な推移は存在しない。』(p.315 4行目-6行目)

この点に関し、ベルクソンたちの説は、『持続』をいわばA-D変換のような生物の感覚が量から質へ転換させる働きのうちに見出し、その働きの密度を『(内的)緊張』という言い方で表現するような説であった。その説においてはどうであるかが次に述べられる。以下の引用文で、『精神のもっとも控えめな役割』がA-D変換のような生物の感覚が量から質へと転換させる働きのことである。やや長いくなるが引用しよう。

『反対に、精神のもっとも控えめな役割が、諸事物の持続の継起的諸瞬間をつなぐことであるならば、精神が物質と接触するのはこの操作においてであり、また精神が物質から最初に区別されるのもこの操作によってであるならば、物質と精神、それも十全に発達した精神 —単に不確定な行動ではなく、理知的で思慮深い行動をするこのできる精神— とのあいだには無数の段階が考えられる。』(p.315 6行目-10行目)

こうして、より高度な知性を持つ生物においては、低次元の緊張からより高度な緊張としての実際の行動的な活動として言語表現となる過程をベルクソンは次のように表現している。

『生命の漸増する強度[内的緊張]を測り示すこれらの継起的段階の各々は、持続のより高い緊張に対応していて、感覚-運動系のますます大きくなる発達によって外に言い表される』(p.315 10行目-12行目)

このように、物質から精神への段階的な移行を描いた後、『そこで、その神経系を考察してみよう』(p.315 12行目-13行目)と、生命の神経系発達の考察に入る。引用しよう。

『その漸増する複雑さは、いや増す行動の自由、反応する前に待機し、受け取られた刺激をますます多用なる運動機構へと関係させる能力を生物に与えているように思われるだろう。しかし、このことは外見でしかない』(p.315 13行目-15行目)

『物質に対するより大きな独立を生物に確保するように思われる神経系のより複雑な組織は、この独立そのものを物質的に象徴化しているだけである。言い換えるなら、諸事物の流れのリズムから身を引き離し、過去をますます銘記して未来にますます深い影響を与えることをこの存在に許容する内的な力、さらに言い換えるなら、要するにわれわれがこの語に与える特別な意味でのこの存在の記憶を。』(p.315 15行目-p.316 2行目)

(2012/12/17 筆者注:下段落において、「神経系が行動の自由を下支えしている機構のように見えるのは外見でしかない」という部分が正確ではないので改めた。実際は行動の自由を選択する機構のように見える、というのが正しいため。また、そのあとに続く表現がわかりにくいためにに段落に分けているところも説明を全く改め一つの段落とした。読者の皆様にはこのような間違いとご迷惑をこころよりお詫びします)

上記、一番目の引用(p.315 13行目-15行目)は神経系が行動の自由を選択する機構のように見えるのは『外見にすぎない』、と言い換えることもできるだろう。次の引用文(p.315 15行目-p.316 2行目)では、『諸事物の流れのリズム』言い換えれば物質宇宙の『持続』から『身を引き離』すようなものとしての実体、それはベルクソンの説では記憶の働きだったが、後半部分では、『過去をますます銘記して未来にますます深い影響を与えることをこの存在に許容する内的な力、さらに言い換えるなら、要するにわれわれがこの語に与える特別な意味でのこの存在の記憶を。』と述べ、われわれは行動の自由が真に拠るところとして、『神経系』ではなく『記憶』こそ自由に深く関与していると強調されていることがわかる。

では、この第五段落の残りのすべての部分を引用してこの段落の解説を終えよう。

『このように生の物質と、もっとも省察に適した精神とのあいだには、記憶の可能的な強度のすべて、あるいは同じことだが、自由の段階のすべてが存している。』(p.316 3行目-5行目)

『第一の仮説は精神と身体の区別を空間の表現で示すものだが、そこでは、身体と精神は直角に交わっているような二つの鉄道のごときなものであり、第二の仮説においては、レールが曲線的に接続されていて、その結果、一方の鉄道から他方の鉄道へと感じ取れないほど少しずつ移行がなされるのである』(p.316 4行目-7行目)

以上、第五段落を解説した。


(2012/12/19 この第五段落と第六段落のあいだに本章第五節分の解説で説明が不足していると記述したり、二重の解釈が可能であるという部分に関して注釈をすることにした)

さて、最後のまとめの第六段落に入る前に、本章第五節分の解説の初めに主に自由についての考察について説明が不足していると思われる書いた部分、と、同じく第五節第一段落の解説の部分で二通りに解釈できると書いた部分があった。その点について、ここで考察してみたい。

まず、自由についての以下の疑問点について、第五節の初めにこのようなことを記述していた。


「ほかにも、ここまでの解説で私としては、

『しかし、思考する存在たる人間においては、自由な行為は諸感情と諸観念の総合と呼ばれることができ、そこへと導く進展は理性的な進展と呼ばれる』(p.266 7行目-8行目)

とその後の、

『しかし、<われわれがそこで行動しているところの>持続は、われわれの諸状態が互いに解け合っている持続であって、まさにこのような持続において、われわれは、行動の本性についてわれわれが思弁する例外的な唯一の立場、すなわち自由の理論の中へと思考によって身を置き直すための努力をしなければならない』(p.266 11行目-13行目、<>内テキスト傍点付き)

という部分の解説も少々不足している気がします。」


と記述していた。

ところで、またその第一段落においては


『これらの存在の持続の緊張の度合いは、結局、彼らの生の強度の度合いを表しており、こうしてそれが彼らの知覚の凝集力と、その自由の程度を決定している』(p.300 12行目-14行目)


という文の解釈が二通りできるという問題があった。

その点について、少し思い返してみると、


「この部分は大変難解である。まず、『持続の緊張の度合い』ということこれは、前節第四節までの『質と量との隔たりは、<緊張(tensio)>なるものの考察によって小さくされうるのではないだろうか』(p.261 7行目-8行目、<>内はテキスト傍点つきとイタリック)として始まった部分に相当するだろう。これは、前節までの『質と量との隔たりは、<緊張(tension)>なるものの考察によって小さくされうるのではないだろうか』(p.261 7行目-8行目、<>内はテキスト傍点つきとイタリック)として始まった部分に相当するだろう。すなわち、短い持続に多くの知覚からの情報を『量』から『質』へと転換できるような『持続の緊張』こそが『生の強度の度合い』となっている、いう主張がまずここにある。極端な例を挙げれば、植物は『生の強度』はきわめて低く、高等動物になると高くなる。そのような尺度で見れば、『知覚の凝集力とその自由の程度を決定している』という記述になるのは必然となる。この後半部分は、第三章で見た『感覚-運動系』という生の働きを別の表現で示していると考えてもいいだろう。

ところで、一方で、特に前節第四節第七段落を思い起こすと、『持続の緊張』は『生きられた意識の真の持続』として『知覚の凝集力』に繋がっており、それが特に感覚から行動へ移る際の選択肢を増やすということで、『自由の程度』が決定されるとなってくる、という解釈も可能である。しかし、この解釈では『生の強度の度合いを表している』とは、いったいどういうことなのだろう。以上のふたつの解釈と、二つ目の解釈が正しいとした場合の、『生の強度の度合いを表している』の意味、これらの謎について、しばらくベルクソンの言うところを追って行こう。」


という部分や


「次の引用文(p.300 16行目-p.301 1行目)は、ここも二通りの解釈が可能である。一つは、AーD変換の「サンプリング」とそれに伴う「量子化」。すなわち、『現実的なものの凝固・固化によって獲得される継起的諸瞬間』をサンプリングと考え、『記憶に裏打ちされたわれわれの感覚のうちで形をなすがままの感性的諸性質』が『現実的なもの』に『凝固・固化』されることが「量子化」に相当するという考え。

もう一つは、『記憶に裏打ちされたわれわれの感覚のうちで形をなすがままの感性的諸性質』と『現実的なものの凝固・固化によって獲得される継起的諸瞬間』が等しいということより、前節第四節の第七段落で説明されたように、『記憶に裏打ちされたわれわれの感覚のうちで形をなすがままの感性的諸性質』が芸術作品となるとする考え。以上のふたつにの解釈が可能となる。」

というようなところであった。このように第五節の初めに説明が不足していると思われたり、謎として提示させていただいていた部分は、いずれも、われわれの『自由』に密接に関係しているところであったのであるが、これらは、結局第五節では十分な説明がされているとは言い難かった。そのことがここ第六節の第五段落においてわれわれの疑問や謎にある程度の回答が得られたと思われる。


そこで、まず、これらの謎や疑問点を整理するために、疑問や謎を提示している部分の引用文だけを提示すると、


『しかし、思考する存在たる人間においては、自由な行為は諸感情と諸観念の総合と呼ばれることができ、そこへと導く進展は理性的な進展と呼ばれる』(p.266 7行目-8行目)

『しかし、<われわれがそこで行動しているところの>持続は、われわれの諸状態が互いに解け合っている持続であって、まさにこのような持続において、われわれは、行動の本性についてわれわれが思弁する例外的な唯一の立場、すなわち自由の理論の中へと思考によって身を置き直すための努力をしなければならない』(p.266 11行目-13行目、<>内テキスト傍点付き)

『これらの存在の持続の緊張の度合いは、結局、彼らの生の強度の度合いを表しており、こうしてそれが彼らの知覚の凝集力と、その自由の程度を決定している』(p.300 12行目-14行目)

『その結果、記憶に裏打ちされたわれわれの感覚のうちで形をなすがままの感性的諸性質はまさに、現実的なものの凝固・固化によって獲得される継起的諸瞬間なのである』(p.300 16行目-p.301 1行目)


ということであった。ところで、今回は解説しないが、本章第四章のあとにベルクソンによる『要約と結論』(p.321-p.354)がある。ここにおいての結論から先に見てみたい。以下の引用文における『この意識』という言葉は、『個人的意識』(p.353 1行目、4行目)のことである。


『高等中枢が発達するにつれて、同じ一つの刺激が行動に選択の余地を与える運動性の通路の数は増えていく。これがまさに実際に目撃されていることだ』(p.353 9行目‐11行目)

『目撃されていないこと、それは、時間のなかでの意識に随伴する、緊張の漸増である。この意識は、数々の経験についてのすでに古きものと化した記憶によって、過去をよりよく銘記して、より豊かでより斬新な決断のなかでこの過去を現在と組織させようとするだけではない。この意識はより強力な生を生き、直接的経験についてのその記憶によって、漸増する外的瞬間を意識の現在の持続の中に凝縮させることで、数々の行為を創出することが以前にも増して可能になるのだが、これらの内的不確定性は、好きなだけ数を増やすことのできる物質の瞬間に分かたれねばならないものとして、より簡単に必然性の網の目を潜るだろう。』(p.353 11行目-p.354 5行目)

『だから、自由を時間のなかで思い描くにせよ、自由は必然性の中に深く根を張り、必然性に親密に絡み合っているようにつねに見える。精神は物質から知覚を借り、この知覚から精神はその糧を引き出しては、運動の形で知覚を物質に戻しこの運動に自らの自由を刻み込むのである』(p.353 11行目-p.354 5行目)


以上が、『要約とまとめ』からの引用となる。ここで、先ほどまで見てきた第五節では、

「こうして、より高度な知性を持つ生物においては、低次元の緊張からより高度な緊張としての実際の行動的な活動として言語表現となる過程をベルクソンは次のように表現している。

『生命の漸増する強度[内的緊張]を測り示すこれらの継起的段階の各々は、持続のより高い緊張に対応していて、感覚-運動系のますます大きくなる発達によって外に言い表される』(p.315 10行目-12行目)」


と述べられていたことが、『まとめと要約』では、


『この意識はより強力な生を生き、直接的経験についてのその記憶によって、漸増する外的瞬間を意識の現在の持続の中に凝縮させることで、数々の行為を創出することが以前にも増して可能になるのだが、これらの内的不確定性は、好きなだけ数を増やすことのできる物質の瞬間に分かたれねばならないものとして、より簡単に必然性の網の目を潜るだろう。』(p.353 11行目-p.354 5行目


というように描かれているのが分かる。つまり、『生の強度』に関しての二種類の解釈を許した部分というのは、『目撃されていること』としての『神経系の発達』から、『目撃されていないこと』としての『漸増する外的瞬間を意識の現在の持続の中に凝縮させることで、数々の行為を創出すること』への進展を含んだ、双方による、物理法則に従うという必然性から行動の自由の増加(これが第五章はじめに提示した説明不足の点への解答になるだろう)にともなう『生の強度』がますことに繋がるということになるだろう(これが第五節第一段落の初めの二通りの解釈を許す部分に対する解答になるだろう)。

また、その様に考えれば、


『その結果、記憶に裏打ちされたわれわれの感覚のうちで形をなすがままの感性的諸性質はまさに、現実的なものの凝固・固化によって獲得される継起的諸瞬間なのである』(p.300 16行目-p.301 1行目)


の部分「AーD変換の「サンプリング」とそれに伴う「量子化」」を指すのか、あるいは、「前節第四節の第七段落で説明されたように、『記憶に裏打ちされたわれわれの感覚のうちで形をなすがままの感性的諸性質』が芸術作品となるとする考え」を指すのかとという二通りの解釈に関しても、これら両方がわれわれの言語表現に含まれているということになるだろう。従って、それも行動の自由と密接に結びついた、同様・同等の行為であるというように本来的に描かれており、双方の解釈を初めから含んでいるというのがベルクソンの表現であり記述の目的ではないかと思われる。

このように、未熟な解釈について、一応の解決を見た。ここまで読者諸氏に対して大変ご心配をお掛けしたこと、そのことについてはお詫び申し上げたい。



では、第六段落(p.316 8行目-p.317 11行目)を見ていこう。この段落でこの節は終わり、この節は第四章の終わり、かつ、この『物質と記憶』の本文は四つの章で構成されているので、この段落はこの本の本文としても最後の段落となる。いわば、最後の締めの部分であり、長さも長くない段落であるので、少しずつ引用しながら、難しいと思われるところを解説するという形にしたい。

では見ていこう。

『しかし、これは一つの比喩<イマージュ>以外のものだろうか。真の意味での物質と、自由あるいは記憶の最も低い段階のあいだの区別は断固としてあり続け、両者の対立は還元不能なものであり続けるのではないだろうか。おそらくはその通りである。』(p.316 9行目-12行目)

(2012/12/17 筆者注:下段落では、かなりの箇所の表現を改め、意が通りにくいと思われる箇所には注記を挿入することもした。未熟をお詫びいたします)

この部分、『真の意味での物質』というのは、物理法則に支配されているという意味での『物質』ということを意味しているだろう。(このことは、哲学的に深い意味があると思われるが、ここにおいて筆者がそこに触れることが必ずしも適わないと思われるためこれ以上の注釈はしない)。それにも拘わらず、われわれ生物は『自由』というものを持ち、物理法則を超えることはできないにしろ、物理法則にただ従うだけとはちがう形の意志を持って行動する。ここでは、『記憶の最も低い段階』といえば、条件反射と言っても良いわけだが、それも物理法則とは区別されるだろう。その意味で、『区別は断固としてあり続け』る、と主張し、追認する。それは、ここで、そのような意味の二元論を認めていると言って良いだろう。

『区別は存在するが、結合は可能である。というのは、純粋知覚の中では、部分的な一致という根本的な形で結合が与えられるだろうからだ。』(p.316 11行目-12行目)

改めて『純粋知覚』に関しては、第一章第五節『イマージュの選択』での『純粋知覚』の定義をここでは引用しておこう。

『純粋知覚とは、事実上というよりむしろ権利上存在する知覚、私がいる場所に置かれ、私が生きているのと同様に生き生きとしているが、現在に吸収され、あらゆる形の記憶を排除されることで物質についての直接的で瞬間的なヴィジョンを獲得できる存在が持つような知覚の謂である』(p.34 7行目-11行目)

元に戻ると、ここでは、『感官』からの信号は物質のわれわれから見た一面の情報をわれわれに与え、われわれは、それをありのままに受け取る、ということで『部分的な一致』はなされ『根本的な形で結合される』と言っていると考えても良いだろうと思う。

『通俗的な二元論の諸困難は、二つの項が区別されることに由来するのではなく、いかにして二つのうちの一つが他方に接ぎ木される(segreffer)のかが分からないことに由来する』(p.316 13行目-15行目)

この部分に別に問題はないだろう。心脳問題というのはここから生じる。

『ところで、われわれがすでに示したように、精神の最も低い段階 —記憶のない精神— であるような純粋知覚は、われわれが理解している意味での物質の一部をまさになしているだろう』(p.316 15行目-17行目)

(2012/12/17 筆者注:上引用文に関しては完全に解釈を間違っていたため改めた。読者の皆様には私の過ちを心よりお詫びして訂正いたします。)

上の引用文と同様の記述は、実に何度か行われている。最初と思われる第一章の初めの節『現実的作用と可能的作用』での象徴的な部分を引用したい。

『私の身体を取り囲む諸対象は、それらに対する私の身体の可能的な作用を反映しているのだ。』(p.14 4行目−5行目)

他にも、この第四章第一節第六段落にも同様な記述があり、そこの解説では次のように記述していた。

「まず、ベルクソンの学説のなんと言っても肝要な部分は、『脳の状態を知覚の条件ではなく行動の始まりとすること』(p.259 17行目)であった。これゆえに、『諸事物の知覚されたイマージュ』(p.260 1行目)は、われわれの身体というイマージュが知覚された対象に対する『行動』を含んだ形での『諸事物』の『イマージュ』として捉えなおされる。言い換えれば、『純粋知覚』は『諸事物』に『行動』を投影させ、いわば、『知覚を諸事物そのものの中におき直した』(p.260 2行目)役割を行う。」

さらに、

『もっと先へ進もう。記憶は、物質がそれについていかなる予感も有していないような機能、物質がすでに自分なりに模倣していないような機能として介入するのではない。物質が過去を想起しないのだとすれば、それは物質が過去を絶えず反復しているからであり、また、必然性に従いながら物質が一連の瞬間を展開しているからであって、その各々の瞬間はそれに先行する物と等価でそこから演繹されることができる』(p.316 15行目-p.317 5行目)

この部分、最初の『記憶は、物質がそれについていかなる予感も有していないような機能、物質がすでに自分なりに模倣していないような機能として介入するのではない。』の解釈が難しいが、『記憶』というものは、そもそも『物質』が持ってるものではなく『物質』は物理法則によって運動したり存在したりしているわけであるということを言いたいのだと思う。すなわち、『物質』は法則によって運動ならば予測可能であり、物質ならばその性質や形状を保ち続けるだろう。『記憶』によってではない。そういう意味だと思われる。それは、そのあとの比較的容易に理解できる部分読めば裏付けられるだろう。

『そういうわけで、物質の過去はまさにその現在で与えられているのだ。しかし、多少とも自由に進展する存在は各瞬間に何か新しいものを創造する』(p.317 5行目-8行目)

この部分は、物質と生命を対比させているわけであるが、また、物質の過去は現在より演繹可能であり、しかし、生命はそうではない。物理存在のみにその行動を影響されているのでもなく、すなわち物理法則でその行動を予知できるわけでもない。そしてその存在は、ベルクソンの言い方によると常に『何か新しいものを創造』している。

『したがって、過去がこの存在のうちに想起の状態で置かれていないとすれば、この存在の現在の中にその存在の過去を読みとろうと勤めても無駄であろう。』(p.317 7行目-8行目)

したがって、『多少とも自由に進展する存在』であるわれわれには『記憶』というものがある。

さて、『ところで、われわれがすでに示したように、精神の最も低い段階 —記憶のない精神— であるような純粋知覚は、』云々(p.316 15行目-17行目)からここまで見てきたわけだが、ここに及べば、これが物質と精神の二元論においてまさに、『記憶』こそが高次の意味での所謂われわれが一般的に考えるような『精神』の部分であろうとベルクソンは言いたいのだろう、といっても読者は納得されるだろうと思う。

では、本当に長かったベルクソンの『物質と記憶』の本文の最後を締めくくる時が来た。いつものように、段落の最後の部分を引用して締めたい。やや難しい表現もあるがおそらくここまで読んで頂いた読者諸氏なら難なくご理解いただけると思もう。ここまで、案内人の未熟さにもかかわらず本当に長い旅に付き合って頂いた皆様には厚くお礼を申し上げたい。では、引用しよう。

『そういう次第で、本書の中ですでに何度も登場した隠喩を繰り返せば、相似た理由から、過去は物質によって<演じられ(joué)>、精神によって<イマージュ化され想像され(imaginé)>ねばならないのである』(p.317 14行目-17行目、<>内はテキスト傍点付きとイタリック)

以上で、第六段落を終える。すなわち、第四章第六節の終わりであり、第四章の終わりでもある。


以上で、ベルクソン『物質と記憶』の読書メモとして始まった第一章、そして、それが解説と言う形にを取るようなった第二章から第四章までの「ベルクソン 『物質と記憶』 メモ」の終わりとなります。『物質と記憶』にはまだ、ベルクソン自身による『要約と結論』という部分もあり、また、テキストには、前書きや第七版の前書きもあります。その部分も難解と言えば難解なのですが、ここまで本文を読まれて理解された読者諸氏には十分読み解くことが可能だと思われます。したがって、メモから解説としての目的を持ち始めた本作はここで一応の終わりとしたいと思います。



「さいごにお礼の言葉」

できるだけわかりやすくと思いながらも、私の無知無能により、かえって分かり辛くなったものもあるかもしれません。第二章からとはいえテキストの本文すべてに解説を加える形となった非常に長くなったこの「メモ」を最後まで読んで頂いた読者諸氏には心よりお礼申し上げます。

小林秀雄「本居宣長 補記I」に見る『真暦』について


 小林さんの「本居宣長」には二つの補記があり、「補記I」は、ソクラテスの『ディアレクチック(問答・対話)』から始まり、特にベルクソン哲学の言うところの「一般観念」や「持続」の問題を、「補記Ⅱ」はその他、本論と「補記I」で取り上げられなかった宣長の主要な文章について扱っている。小林さん自身が、江藤淳との対談の中でもベルクソンから非常に大きな影響を受けたと言ってもおられるし、ベルクソンと本居宣長の相似性についても触れておられる。したがって、実際、ベルクソンの言うところと比較する時、これらの「本居宣長 補記」も違った様相を見せる。それはもちろん、ベルクソンとは重なる部分もあるわけだが、異なる部分もまた大きい。

 「本居宣長 補記I」(以下「補記I」と略す)は、三部構成あるいは三つの章から構成されていると言えるだろう。第一部はソクラテスの対話(ティアレクチック)ということに対する考察、第二部はそれをうけての日本の近世の学問、第三部が本居宣長の「真暦考」の考察となる。

本居宣長という人の元々の思想は言葉の問題を扱ったことから、そのような言葉についての考察から始まり、第一部、第二部ではでは、まず話し言葉から文字が発明された時の書き言葉への移行によって大いに得たものもあったが、失ったものもあったこと。そこから、第三部では『真暦』つまり、われわれの日本人の古来持っていたおおらかな時間に対する観念と、中国から入ってきた時間との観念への移行に対する相似性により、考察を深めていく構図となっている。

それぞれを簡単に紹介していこうか。一応テキストとしては新潮文庫 「本居宣長 (下)」を挙げておく。第七刷で改版がされている。改版後、手元にあるのは第八刷だが、現在売られているのはこれのようだ。比較的安価なので是非手に入れられたい。上下合わせても一四〇〇円である(2011年9月23日現在)

第一部では、プラトンの著作「パイドロス」から切り口が始まる。まず、ギリシア神話の問題が取り上げられる。パイドロスがソクラテスに、あのような神話というのは一体実際にあったものなのでしょうかと尋ねる。

ソクラテスの生きていた時代は孔子や仏陀と同じく紀元前六百年ごろなので随分前からこのような神話が本当か嘘かという疑問を照らす問答はあったわけだ。ソクラテスは、言下に否定をせず婉曲にはぐらかす。

小林さんは、プラトンの哲学の果実の吟味まで手が届くわけではない、としながらも、そこにはソクラテスが当時の知識人について気に入らないことがあったからそうしたと指摘する。それは「宣長と全く同じ考えだからだ」と理由を挙げて、考察を深めていく。

ソクラテスが気に入らなかったのは、ギリシア神話に寓意を求めるという、当時のアテナイ人の風潮、すなわち、語られ継がれた物語を、現代の理屈で何かの寓意ということで再構成し直せばそこでなにかが失われる、ちょうど、文字の発明が語り言葉で伝えられたものから何か大切なものを失うかのように、ということなのである。

「パイドロス」では美について扱うが、美と関係の深い恋(エロース)について、恋に陥るものは一種の狂気(マニアー)に包まれる。利口者はその愚を避けるが、恋(エロース)の方でも利口者を遠ざけるのである、などというおもしろい話がある。

恋に落ちてみなければ、恋(エロース)というものは分からない。しかし、それは愚かに見えるものである。そのようなものが、語り継がれた神話と文字の成立からあとの歴史というものを理解している人間についても起こるものであると、ごく簡単に第一部をまとめることもできるだろう。

第一部のまとめに最後の部分を引用しておきたい。対話(ディアレクチック)とソクラテスの時代に流行していた雄弁術の比較において次のような事を述べている。

『(前略)現代の教養人のあいだで、非常に面倒な使われ方をしているディアレクチックという言葉が、ソクラテスにあっては、驚くほど簡明な使われ方をしていることに気付くだろう。彼は、日常使われている対話、問答という言葉の、誰にも親しい語感から、決して離れようとはしなかった。ただこの体得されてはいるが、反省はされていない豊かな語感を、極度の反省によって純化すれば足りると信じていたのである』(p.273  8行目−13行目)

『そして、其処に真知を愛する己の無償の行為の不思議が、重なり合うのを見た。これについて、プラトンは、ソクラテスにこう言わせている、 —「正しい呼び方であるかどうかは、神様だけが御存知だが、これが哲学の方法としての問答(ディアレクチック)なのである」と。こういうソクラテスのものの言い方は、学問をするからといって、学者は、素人<しろうと>の手に届かぬような専門的な方法を、わざわざ工夫するのは無用なわざである、という考えに基づくと見ていいと思う』(p.273  13行目−p.274 13行目、<>内はテキストふりがな)

これはまた、小林秀雄という人の思想を貫いていた事でもあるだろう。


第二部では、近世日本における学問の系譜においての中江藤樹から荻生徂徠そして本居宣長までをたどることで、ディアレクチック(問答)が深化していく過程とその行き着くところが独学である、という結論に達したあと、その本居宣長が「古事記」の注釈を通して『漢意(からごころ)』を排し、『古意(いにしえごころ)』あるいは『古学の眼』というものを築いていく過程が描かれる。

まず、「本居宣長」本論の方にもあったように、日本の近世の学問は中江藤樹から始まることについて触れ、その代表作「翁問答」がどういうものであったかが紹介される。

当然、それは問答(対話)形式なのであるが、ある年老いた師についたごく普通の人間がまさに無教養な人間が花でも眺めるように学問(当時は学問といえば儒学)をしていた。同門には体充<たいじゅう>という優秀な人がいて、『疑問論難、やむ時なし』という状態であった。私は無才だったので、聞いていたうちに心に入ってきたことを日本語で書き付け、私と同じようなな愚者のために密かに隠しおいて置いた、という形式をとっていた。

小林さんは言う。ここで、『疑問論難、やむ時なし』ということだけが強調されていることが大事なのである、と。なぜなら、答えのある問いを発することは、本来の学問から言えば重要ではない。答えの用意されていない問いを発すること、それができないのが、「融通活発の心」を失ってしまった「今時はやる俗学」である。少し引用しよう。

『取り戻さなければならないのは、問いの発明であって、正しい答えではない。今日の学問に必要なのは師友ではない、師友を頼まず独り「自反」し、新たな問いを心中に蓄える人なのである。』(p.275  6行目-8行目)

このように、藤樹は独学というもの重要視したことに触れ、孔子という大教育家にも『そういう学問をするものの基本にある覚悟』はよく知られていたと考えていた、と言っている。

このあと、孔子の『之<コレ>ヲ如何<イカン>セン、之ヲ如何セント曰<イ>ワザルモノハ、吾レ之ヲ如何トモスルコトナキノミ』(「論語 15 衛靈公編 16」、 p.275  11行目-12行目、<>内はテキストフリガナ)を引いて、本居宣長も愛読したという荻生徂徠の「論語徴」に触れ、この引用文は『「問ヒヲ尊ブナリ」』ということであると言う。

宣長もまた、「問ヒヲ尊ブ」人であった。そのいくつかの著作に触れ、徂徠、宣長の思想の交わる系譜がしばらく解説される(p.276  1行目-p.286 6行目)わけであるが、ここは以下の文章を引用することによって、全体の解説の代わりとしたい。

 まず、取り上げるのは、宣長の「うひ山ぶみ」を解説した部分である。

『文中に、人々の「才不才は、生まれつきたることなれば、力に及びがたし」とあるが、これは宣長が、学問する上で、人々の個性、生まれつきをどう考えるかという問題に直面していることを示す。不才も学ぶに越したことはあるまい。しかし、不才を変じて才となすということになると、これはもう学問の手にはおえなくなる。考えて行くと非常な難題となるが、今日、教える人にも、学ぶ人にも、これを徹底して考える人がなんと少ないか。宣長はそれが言いたいのである。ここには、徂徠の影響が顕著にうかがえる。宣長は徂徠から、この難題をそっくりそのまま受け取ったと言えるからだ。難問を避けることは出来ないが、簡明な解などあろうはずがないことを、二人はよく承知していたから、めいめい自分の流儀でこれを切り抜けた。』(p.278  15行目-p.279 7行目)

 では、次に、徂徠と宣長の『めいめいの流儀』の部分を見てみよう。

 まず、徂徠の『流儀』。これは、『天』という言葉の解釈にあると言う。少し長くなるが、二つの段落をそのまま引用したい。

『学問という言葉など思いも及ばぬ大昔の人々も、天という言葉は知っていた。この言葉を口にするとは、取りも直さず、「蒼蒼然」たる大空を仰ぐということであったし、又その「冥冥乎トシテ得テ之ヲ測ルベカラ」ざる趣にも、誰も深く心を動かされていた。彼らは、天に対し、どういう態度をとっていたか。自分が編纂した古書に現れた天という言葉の使われ方に通じた孔子には、之は基本的には明らかなことであった。古人は、天には天の心が有ることを信じ、真面目に、これに心を通わせていたのである。その畏<おそ>るべき不可知の心を、誰もそのまま正直に迎え、面を背けるものはいなかった。まして、こちら側に好都合な解釈が思いつけば、相手の攻撃をかわすことが出来るというような自負は、誰にも持てようがなかった。』(p.284  3行目-11行目、<>内はテキストふりがな)

『皆、天を畏れて、これに堪えていた。堪えることが出来たのも、天を敬するするという道が開かれていたからだ。この道を通じて、人々はめいめいの気質に応じて天と語り合った。徂徠は「書経」の言葉をあげている、 —「惟<コ>レ天ハ親シム無シ、克<ヨ>ク敬スルニ惟<コ>レ親シム」— 聖人達が、こういう故人の素朴な心に寄り添い、決して離れようとはしなかったのも、その仕事は、言わば歴史の開始に立ち会うことによって行われたからだ。而<しか>もその仕事は、知を尊び、説を立てるにはなく、安民という具体的な行動にあった以上、人々凡<すべ>ての心を吾が心とし、「人ノ性ヲ尽ス」という努力をしなければならなかった。孔子ほど、これをよく知った者はいない。その孔子の「罪ヲ天ニ獲<ウ>レバ、禱<イノ>ル所無キ也」と言った言葉が、率直に信じられなければ古文辞<こぶんじ>の学には這入<はい>れないと徂徠は言う』(p.284  12行目-p.285 5行目、<>内はテキスト振り仮名)

このように、徂徠は孔子が纂集した聖人の書物にある『古人』の率直な心そのままに見ることを彼の学問の基礎としたわけであるが、この方法が「古事記」を読み解く際の宣長の方法になった。上記に段落に続く一段落がそれに相当する。これも少々長いがそのまま引用しよう。途中「困難な暗い問題」と出てくるが、「暗い」は見通しが利かぬという意味である。

『宣長が、寛政12年に詠<よ>んだ歌、 —「聖人と 人はいへども 聖人の たぐひならめや 孔子<くし>はよき人」(「石上稿」)— これが徂徠直伝の歌であることは、もはや説明を要しまい。人の性は万品にして、その多様、不安定は、得て変ずべからず、という人生のあるがままの事実は、徂徠の言い方で言えば、真実な学問の上での「教への条件」なのである。これを、「うひ山ぶみ」の宣長の言い方で言えば、万人向きの「学びようのほう」など、まことに疑わしいものであるということになる。誰も万人向きのやり方で世を渡ってはいない、と言う事は、どんなによく出来ていても、万人向きのやり方では間に合わぬ、困難な暗い問題に、この世に暮らしていて出会わぬ人は、まずいないという事だ。そして、皆、何とかして、難題を切り抜けているではないか。他人は当てには出来ない、自分だけが頼りだと知った時、人は本当に努力をし始める。どうあっても切り抜けねばならぬ苦境にあって、己の持って生まれた気質の能力が、実地に試されるとき、人間は、はじめて己を知る道を開くであろう。そのような次第を、つらつら思うなら、「うひ山ぶみ」とは、詮ずるところ、独学の勧めということになりはしないか。ならざるを得ない、と私は思う。宣長は、このあからさまに、はっきりとは説くことの出来ぬものを、言わば文章の原動力として、文章の奥深くに秘めたのである。』(p.285  7行目-p.286 6行目、<>内はテキストふりがな)

こうして、藤樹の始めた近世の学問の系譜は徂徠、宣長へと受け継がれた。「問答(ディアレクチック)」を純化したものは主題が変奏されながらも脈々と受け継がれていったのだ。

では、宣長が究めようとした学問の道とは何だったのか。一言で言えば『古意(いにしえごころ)』というものであったわけだが、これは非常に微妙な問題であったことが、第二部の残りで説かれている。まず、引用文として宣長の「玉勝間」から挙げられている「からごゝろ」という文章があるのだが、ここからごく一部だけ紹介してみよう。

『「漢意<カラゴコロ>とは、漢国<からくに>のふりを好み、かの国をたふとぶのみをいうにあらず、大かたの世の人の、万<よろづ>の事の善悪是非<ヨサアシサ>を論<あげつら>ひ、物の理<ことわ>リをさだめいふたぐひ、すべてみな漢籍<カラブミ>の趣なるをいふ也。」』(p.286  9行目-11行目、<>内はテキスト振り仮名)

この部分だけでも、物事をありのままに受け取るという『古意』に対する『漢意』というものをいかに宣長が憎んでいたかということが分かる。

 この文章に対する解説がしばらく続くのだが、ごく簡素な解説をするならば、「玉勝間」は「古事記」研究余話であり、難解という文章ではないが読むのには宣長の心映えを理解する必要があること、それは、「うひ山ぶみ」とも同じ意味合いがあること。宣長は『古意』をまずしっかりとつかんだ上で、『漢意』ということを排斥していること。その『漢意』とは、つまりは『古意』ではないものとしか定義できそうにない、あえて定義するとすれば、理屈だけで考える、宣長の言葉で言うところの「世の識者<モノシリビト>」の考え方ということ。この辺りを挙げておけばいいと思うのだが、肝心の『古意』を宣長がどうつかんでいたのか、というのは非常に微妙で難しい問題となる。

テキストとは順序が逆になるかもしれないが、まずこの部分を引用してみたい。

『彼は「世の識者」に対し、明け透けに、こんな風にでも言いたかったであろうか、 —古書を釈く<筆者註:とく>には、「古意」をもってしなければならぬと、君達は仔細<しさい>らしく言っているが、その「心ばへ」に即して、眼前の事物を実際に釈いていた上ッ代の人々が「古意」などという言葉を全く知らなかった事実を、君達は、一っぺんでもまじめに考えたことがあるのか』(p.290  5行目-9行目、<>内はテキスト振り仮名)

一部であるがこれが、宣長が「玉勝間」の「からごゝろ」で『明け透けに』言いたかったことであろう、という部分を引用した。

さて、宣長にとっては、『古意』あるいは「うひ山ぶみ」で使っている言葉で言えば『古ヘの定まり』という言葉であろうが、これは次のような意味合いのものであったと言う。

 『ここで「古への定まり」と言われているのは、上ッ代の人々に使われていた「古語<イニシヘコト>」の「ふり」の「格<サダマリ>」である。』(p.289  14行目-16行目、<>内はテキストフリガナ)

 『なぜ、宣長がこれをやかましく言ったかと言うと、「古語のふり」とは、古学が明<あき>らめなければならなぬ古人の「心ばへ」の直らかな表現、宣長の言葉で言えば、その「徴<シルシ>」だからだ。と言う事は、更に言えば、未だ文字さえ知らず、ただ、「伝説<ツタヘゴト>」を語り伝えていた上ッ代に於いて、国語は言語組織として、すでに完成していたという宣長の明瞭な考えを語っている』(p.289  16行目-p.290 4行目、<>内はテキスト振り仮名)

このあと、『言霊』についての考察がある。そこから、宣長の『うひ山ぶみ』について戻っていく展開になっているのだが、まず、『言霊』の考察に入ろう。まずこの部分を引用する。

『宣長が、「古事記」を釈いて、はっきり見定めたのは、上ッ代の人々が信じていた言霊<ことだま>といわれていた言語の自発的な表現力、或<あるいは>は自己形成力と言って良いものの、生活の上で実演されていた、その「ふり」であった。』(p.290 12行目-14行目、<>内はテキストふりがな)

『言霊』という言葉を知らない日本人はいないであろう。われわれは『言霊』が存在するなどと言っていれば笑われてしまう世界に生きていながら、この『言霊』という言葉の持つ響きに惹かれない日本人はいない。『言霊』は、あるいは『言霊』という言葉は、現代日本でも、所謂観念として生きておらず、それを信じて寄り添い、あるいは敬して畏れる、そういう人にしか本当の姿を見せまい。そのようなことは日本人誰もが、いまでもはっきりと理解していることだろう。まさにその部分に、宣長は着目していた、『と共に、もう一つ、宣長の目に、見紛<みまが>いようのなく明らかに見て取れたのは、次のような事であった』(p.290 14行目-15行目、<>内はテキストふりがな)。

要約するなら、それは、『言霊のさきはふ国、たすくる国』と言うように無自覚に使われていたその日本語というものが、中国から来た漢字の圧倒的な表現力に出会い、自覚と反省を始めざるを得なかったということだ。その少しずつ少しずつ漢字を自国語の中に取り込み消化させるという、他の国には類のないことを行った日本人の、その初めての『古語のふり』の自覚の経験が「古事記」には現れていたということであった。

少し脇道にそれるが、テキスト註によれば、「本居宣長」本論第二七節に小林さんのある考察が書かれている。小林さん自身は、そこで努力してみたが十分ではなかった、今後の研究が待たれると、この『補論I』上では書かかれているのだが、簡単にその内容を説明しておくと、漢字が伝わって以降、日本の公文書では、漢文で書かれることが正式な事であった。その傾向は「古事記」以降時代が下り「万葉集」が編まれて以降もますます強まり、日本語は日陰者の地位にあった。日陰者であったが、日陰者であったからこそ、独自の発達を遂げ、ひらがな、カタカナの発明があり、あるいは在原業平こそが当代きっての和歌の上手ということになっていった。その彼を主人公にした物語(「伊勢物語」)の形式は「源氏物語」となって一つの完成を見るのだが、それまでに、紀貫之が「古今和歌集」を編纂し、「土佐日記」という日記文学を残したことが多大に影響を与えており、即ちそれは、日本語の独自の文字がつくられて、ある種身軽になり日記文学というもの確立され、その延長にあの「源氏物語」があるということに宣長は着目していた、ということが描かれている。

さて、宣長の『古語のふり』の考察に戻ろう。

『そういう次第で、宣長の「古事記」研究は、日本人の日本語についての最初の反省がこの書を書かせたというところに、的が絞られ、その「文体<カキザマ>のこと」「訓法<ヨミザマ>の事」に、彼の精神は集中されることになった。』(p.291 12行目-14行目、<>内テキストフリガナ)

簡単に言えばこの作業から『古語のふり』を宣長はつかんでいったのである。宣長の「古事記伝」は、四十四巻もある大作である。その中で宣長は、執拗とさえ表現できる、古人の言葉の一つ一つを解き明かし自分のものにしていく作業の中で『古語のふり』言い換えれば、古人そのままの『言霊』というものを自得していった。逆に言えば、「古事記伝」が完成した年に渋々書かれた古学の入門書「うひ山ぶみ」でも、実は、本当のところ、そのようにしか教えられないということを言いたかったわけである。テキストでは、ふたたび「うひ山ぶみ」にもどり、そこから『古学の眼』と宣長が晩年によく使った言葉についての説明となっていく。こんどは『古学の眼』について書かれたところをしばらく引用したい。

『(前略)「古事記」を釈くとは、人知れず、自分の発明発見を、一つ一つ積みかさねて行く、長い道であったが、これを顧みた時、彼には、「古学の眼」という発想が、どうしても必要になったに相違ないのである。神々と共に生活していた上ッ代の人々を知るには、今はもはや無い彼らの姿を、想像裡<り>に描き出してみる他に道はない。その切っ掛けとなる古書として、宣長は、彼等の「心ばえ」が一番直かに語られている「古事記」を取上げたわけだ。これを読む者も、できる限り正直に忠実に、物語の「ふり」を捕えなければならないのは勿論<もちろん>だが、彼等の「心ばえ」を、吾が「心ばえ」として、思い描くという事は、飽くまでも、読者各人の力量と気質が参ずる各人の努力である。』(p.292 9行目-p.293 1行目)

 このような、『努力』を重ねて宣長は古事記を釈いていったのであるが、そこでは、確乎として変わらない姿の原文に対して、宣長自身の『心力』が試され量られるということであった。『宣長は、このことを非常によく知っていた。と言うより、そういうはっきりした自覚は、彼の仕事を見ていくと「古事記」原文との永い、忍耐強い附合いのうちに育ったと考えざるを得ない。彼の発想に従えば「古学の眼」は、そこで磨かれたのである。』(p.293 5行目-8行目)

このようにして、宣長の『古学』は完成していったわけであるが、それは所謂、従来の儒教が説くような『理学』すなわち天然自然の理や、あるいは、人としてこうあるべき、という儒教の聖人の教えとは全くちがう、己の『心力』のみで試される、いわば、『上ッ代』の『古人』になりきり物事を見つめるようなそういう眼を持つに至る学問の道であったわけだろう。

こうして、しばらく、宣長の学問『古学』について語ってきたわけであるが、この第二部最後の部分を引用してこの第二部の説明を終わりたい。

『(前略)未だ学問という言葉もなかった、それどころではない、文字さえ知らなかった遠い昔に暮らしていた人々も、基本的な意味での学問の誕生には、真剣に立ち会っていた、その姿が、「古学の眼」にまざまざと映じてくるようになった。宣長は、其処から物を言った、常に其処からしか物を言わなかった。其処からの、宣長の自在な発想は「当然之理<シカアルベキコトワリ>」で、我が身を縛上げて、学問の体裁を整えている、そんな学問の抵抗など眼中になく行われた。』(p.293 13行目-p.294 2行目)

 このあと、黙殺された側には大きな衝撃であり、ここに宣長の仕事の誤解の最も大きく、分かりにくい原因があったと書かれている。それはいわば、恋<エロース>をしないものに恋の情熱<マニアー>はまるで愚かに映るようであっただろう。


では、第三部を見ていこう。ここでは『真暦』という宣長が使った概念、即ち古代の人たちの暦のことが書かれている。こう書くだけで、おそらくは、第二部の特に『言霊』という言葉の説明を合わせて考えて、だいたいのことは想像がつく、という読者も多いのではないだろうか。そこで、ここでは、暦についての非常に緻密な考察の部分はごく簡単に紹介し、この「補記I」でももっとも美しい文章を紹介するという構成を取ろうと思う。

まず、宣長が古代の人たちの暦について着目したのは、やはり言葉であった。すなわち、中国から、圧倒的に緻密で天文学的にみて正確な太陰暦が渡ってくる前に、すでに、日本語で『こよみ』あるいは『はる』、『なつ』、『あき』、『ふゆ』などの季節を表わす言葉があったことが、宣長の『真暦』への考察はあった。

テキストによると、『こよみ』の語源は『来経<ケ>』を『数<ヨ>」むということから来る。

『春過ぎて 夏来たるらし 白妙<シロタヘ>の 衣ほしたり あめのかぐ山』という持統天皇の御製を引いた部分の宣長の文を引用して、小林さんはこう言っている。

『彼は、季節を詠み込んだ歌を幾つもあげ、「みな見聞くものによりて、その時をしれる趣<オモムキ>にて、上つ代の意<ココロ>にかなへり」と言うのだが、そのなかでも「春過ぎて 夏来たるらし 白妙<シロタヘ>の 衣ほしたり あめのかぐ山」の「大御歌は、殊<こと>に人のしわざをすらみそなわして、しろしめつしつる御趣<ミオモムキ>なるをや」と言っている。明らかに彼の言いたいのは、ただ歌の上のことではない。著しい季節感が浸透した生活に育<はぐく>まれた、わが民族の個性である』(p.300 2行目-7行目、<>内テキスト振り仮名)

※筆者注:『わが民族の個性』という部分に引っかかりを覚える方もいらっしゃるであろうが、ここでは日本語についての詳しい考察であるために敢えてそのまま引用した。その根底に少数民族に対する差別意識など毛頭無いことはご理解頂けると確信している

このように、上ッ代のひとびとの『来経<ケ>』を『数<ヨ>」むということは非常におおらかなことであった。たとえば、この部分を引用しよう。

『から国の一二三と言う文字は、数を数えるにも、次第<ツイデ>をいうのにも用いられる字であるが、古言で、物の次第<ツイデ>を一二三<ヒトフタミ>と言った試しはない事に、宣長は先ず注意する』(p.301 5行目-8行目)

このあと、例えば、親が身罷ったあと、毎年その命日に親を偲ぶ時、ただ、その季節の大まかな日時を定めて実におおらかにその人を偲んだ、などという宣長の文章を引かれている。

さて、この部分を引いたのには下心があるのであるが、まず、少し長くなるがベルクソンの「意識に直接与えられた物についての試論」(ちくま学芸文庫 合田正人・平井靖史訳、第二刷)からこの部分を引用しよう。非常に難解な文章なので読者は引用文を飛ばされてもかまわない。専門的に見て少し面白いというだけだ。内容は、簡単に言えば、量も質として感じ取ると言う事を主張している。

『ところで、物理現象相互の真の連関を決定するために、われわれは、知覚したり思考したりする自分の仕方のうちで、これらの関係に明白にそぐわないものを捨象するのだが、これと同様に、自我をその根源的純粋性において観相するためには、心理学は外界の明らかな徴し<筆者註:しるし>を帯びた諸形式を除去ないし訂正しなければならない。 —これらの形式はいかなるものであろうか。互いに孤立させて、その各々を分化されたひとつの単位と見なすなら、心理的諸状態は時間のうちで展開し、持続を構成する。最後にその相互連関においては、ある種の単一性が多様性を通じて維持されている限り、これらの状態は互いに決定し合うものとして現れる。 —強度、持続、意志決定、これら三つの観念こそ、それらが外界の侵入に、言ってしまえば空間観念の憑依<筆者註:ひょうい>に負うているすべてのことをそこから一掃する事で、純化されねばならないものなのだ』(p.246 15行目-p.247 8行目)

『われわれはまず初めにこれらの観念のうち第一のものを考察して、心理的事象はそれ自体では純粋な質ないし質的多様性であり、他方、空間内に位置するその原因は量である事を見出した。この質がこの量の記号となり、われわれがこの質の背後にこの量を推察する限りで、われわれはそれを強度と呼ぶ』(p.247 9行目-12行目)

この部分、質とはいわば観念であり例えば「青」なら「青」である。青い光の周波数と言って良いだろう。すなわち、A-D変換の量子化の部分を言っているのであるが、同じ事が数にも起こる。もう少しだけ引用したい。

『したがって、ある単純状態の強度は量ではなく、量の質的記号である。諸君は強度の起源を、意識の事象である純粋な質と、必然的に空間である純粋な量とのあいだの妥協のうちに見出すだろう。ところでこの妥協を諸君は外的事物を研究する際にはわずかの躊躇もなく放擲するだろう。というのも、その時諸君は力は実在すると仮定しながらも、その判定可能で延長的な結果だけを考慮して、力そのものは脇に置いてしまうからだ。それにしても、今度は意識的事象を分析しようというときに、なぜ諸君はこうした折衷的概念を温存するのか。諸君の外部にある大きさが決して強度的でないならば、諸君の内部にある強度は決して大きさではない。』(p.247 12行目-p.248 2行目)

 ここまで、簡単に言えば、『外延量』と『強度量』の混同が、我々の感覚における知覚表現の中にあり、われわれはしばしば、それらを混同し比較している、ところを引用した。

私の下心は、どうして小林さんの下心でないとは言えるだろうか。つまりは、上ッ代の人々はベルクソンの言葉で言えば『強度量』として、言い換えれば一種の質として『来経<ケ>』を『数<ヨ>』んでいたという事なのだ。それは、自然に対する上ッ代の日本人の根本的態度があるという事は、もう指摘するまでもない事であろう。

もう、言いたい事はほとんど言ってしまった。少し長くなるが、『敢えて繰り返そうか、』と言う部分以降のなんともいえず美しい部分から二段落を引用してみたい。

『敢<あえ>て繰り返そうか。宣長は、「真暦」という「道の事」から物を言う、 —上つ代の人々は「たゞ空の月を見て、朔<ツイタチ>のはじめを、ひとりは今日<ケフ>ぞと思ひ、いまひとりは昨日<キノフ>ぞと思ひ、今一人は明日<アス>ぞとおもひて、心々に定めても、みな違<タガ>ふことなかりし」、— 古人のこころばえは、それほど「おおらか」なものであった。だが、誤解しないで欲しい。「おおらかなる」という言葉は、けっして「麁<アラ>き」という意味ではない。理<ことわ>リを違えまいとばかり気を配っている当今の学者等の自負する精しさなど、見かけ倒しのもので、差し詰め「麁き」「粗略なる」と言って良いのはそちらの方だ。「理<コトワリ>」という言葉も、人に使われれば、濃淡深浅いろいろの色合いを帯びざるを得ない。「玉勝間」に書いておいたように、歴史の条件次第で、世の中には、「まことの当然之理<シカアルベキコトワリ>」も「いつわりの当然之理<シカアルベキコトワリ>」も現れる。宣長としてもそう言いたいところなのである。彼の古学の道に何処<どこ>までも沿い、想像力を働かせようと努めさえするなら、「理」という言葉にも、古人には古人の使い方があった事を率直に容認して、その心ばえを思い描くのは、難しい事ではない筈だ』(p.310 12行目-p.311 10行目、<>内はテキストフリガナ)

『「朔<ツイタチ>のはじめ」を、誰もが、「心々に定め」ていた時、「理」という言葉は、ソクラテスの言い方で言えば、めいめいの「魂に植えられて」て生き、一般化への道など全く拒絶していたのだ。親の忌日が、暦に書かれているわけもないのだから、秋が訪れるごとに、「某人<ソノヒト>のうせにしは、此木<コノキ>の黄葉<モミジ>のちりそめし日ぞかし」と、年毎<ごと>に、自分でその日を定めなければならない。創り出さねばならないと言ってもいいだろう。暦を操って済ませている人々が、思ってもみない事だが、各人が自分に身近な、ほんのささやかな対象だけを迎えて、その中にわれを忘れ、全精神を「その日」を求めた。他の世界は消えた。そのような勝手な為体<ていたらく>で、何一つ間違わず、うまく行っていた。なぜかと問われれば、「真暦」が行われていたからだ、と答えるより答えようが宣長にはなかった。という事は、彼の眼は、古人の間で、はっきり固体化され充実した「来経数<ケヨミ>」という「わざ」の上に、熟<じつ>と据えられ、彼は口を噤んで了ったという意味だ。そして、その自己集中自己沈潜のすがたそのままが、慎重な観察推論として、「理」という言葉の正常な使い方として、彼の心に刻印されたのである。』(p.311 11行目-p.312 7行目、<>)

ここからは、宣長の「真暦」に関しての考察がやはり「古事記」に対してのものと同様であった事が描かれ、そのあと、現代の「時間」或いは相対性理論の言う「四次元連続体」について宣長がどう思っただろうか、という考察に入る。

ところで、この第三部は『真暦』をテーマに古人の時間というものについて触れた。『真暦』はベルクソンの言葉を使えば、宇宙の『持続』のなかにわれわれ個々人の『持続』を合わせ、おのおのの自然の観察という『心力』を試される場おいてそれぞれに『来経数<ケヨミ>』をする事であったろう。

このとき、『天文学の今日の進歩を、もし宣長が知ったらという考え、これはあながち空想とは言えないだろう。』(p.313 9行目-10行目)と小林さんは言う

『何故かというと、人間の都合などには一顧も与えぬ「天地のありかた」という、「真暦」の観念を裏側から支えていた宣長の考えに、現代天文学は決定的な表現を与えたからだ』(p.313 11行目-12行目)

以下、少し要約すれば、宇宙に人工的に工作する手段がない以上、現代天文学言い換えれば宇宙物理学は純粋観測科学であろう。その天文学、言い換えれば現代の物理学と古典力学を分けるものは「時を知る」という概念が全く変わったという事だ。

『時間概念を光の伝播<でんぱ>法則の上に、大胆に打ち立てる事により、古典力学が孕<はら>んでいた純粋空間、純粋時間という最後の言葉の対立も消えた。自然対象の観測点は、徹底的に相対化された。という事は、ある観測点が、他のどんな可能な観測点にも、変換式により正確に連結されるものである以上、ある部分的な観測点は、そのままで絶対的な観測点でもあるという意味だ。「天地のありかた」は、何処から何処まで一様で、純粋な計量関係に解体され、物理学が要請する客観性と同義の言葉となる。時間単位を光速度という虚数で表わさなければならない』(p.313 16行目-p.314 6行目、<>テキスト内ふりがな)

上の引用は、小林秀雄という人がいかに現代物理学についても理解しているかを知ってもらう意味もあって引用した。光速度が虚数というのは、われわれでは一般的ではないだろうが、実際には光の速度をCとするときC=a+biというような虚数で表わされその実部しかわれわれの実世界では現れないという意味だ。これが、SFなどではじめから光の速度をこえていればタキオンの存在するなどといわれる理由の根拠となっている。

この論の最後も、小林さんの文で締めようか。最後の部分を引用する。

『そういう思想史の成り行きの裡<うち>で、「来経数<ケヨミ>」と呼ばれていた古人の時間の直らかな体得につき、宣長がその考えを尽くしたところは、どういう照明を受けるだろうか。それを考えてみることは空想ではない』(p.314 6行目-9行目)

 以上、非力ながら、小林秀雄という人の思想の一端を紹介してみた。どうか本文を読んで頂きたい。小林秀雄は、そして、小林さんが描いた本居宣長も、現代も色あせることなく日本で最も優れた思想家である事を私の下手な文章におつきあい頂いた読者諸氏なら大いに納得されることだろう。





2011年9月23日に草稿をブログ「徒然の種々」にアップしていたものをブログ「小林秀雄さんの思想メモ」に掲載するために清書したものを再掲しています。
草稿のアドレス:http://seed-heblog.blogspot.jp/2011/09/i.html
小林秀雄さんの思想メモでのアドレス:http://kobayashihideo-memo.blogspot.jp/2012/07/i.html


2012年12月19日水曜日

ベルクソン 「物質と時間」メモ その5 第四章 「知覚と物質、魂と身体」  第五節 「延長と伸張性」


ここでは、第五節 『知覚と物質』(p.298 16行目-p.311 6行目)を解説します。ここからは、第一節や第二節で問題となった『魂と身体の結合の問題』(p.257 16行目)について再び考察されることになります。前節では、持続というものがどういうものか、『質と量』の障壁をなくすこと、あるいは『運動』をそのまま『直接的な認識』として捕らえることによって『感覚』との差をなくすことを省察し、われわれの質の観念がA-D変換の量子化やサンプリングのようなやり方で『知覚』を『内的震動』として表し、『意識によって生きられた真の持続』がさまざまなものを象徴的に『固定化』することによって起こるということを解説しました。

(2011/8/24、2012/12/19、筆者注:この点では、第一節の解説において、「『質と量』の対立の緩和については、第六節で考察されることになる」と述べていますが、前節第四節においてもその点は相当詳しく触れられていました。従いまして、第四節の第二段落以降、及び、第六節と改めました。未熟さからくるご迷惑を心よりお詫びいたします。

また、上の第四節のまとめに当たる部分、『質と量』の他に『運動』と『感覚』の差を埋めるということを明確に描いておらず、『運動』と『質』との差と取られる表現になっていた点、他にも、特に重要な『意識的によって生きられた真の持続』(p.296 4行目-5行目)について触れておらず、また、他にも第四節の記述に合わせ「量子化」と「サンプリング」を明確に分けて書くことにしました。表現としてもその両方を混同しかねない記述にもなっておりました。こちらでも大変ご迷惑をお掛けし申し訳ありません。

以下、同様の誤りが多数あることが予想されます。その点はその都度訂正とともに謝罪をさせていただく所存です。その点についても、まずここで私の未熟と能力の不足をお詫びいたします。その度に注することになり、大変うるさくお感じになるとは思いますが、何卒よろしくお願いいたします。)

ほかにも、ここまでの解説で私としては、

『しかし、思考する存在たる人間においては、自由な行為は諸感情と諸観念の総合と呼ばれることができ、そこへと導く進展は理性的な進展と呼ばれる』(p.266 7行目-8行目)

とその後の、

『しかし、<われわれがそこで行動しているところの>持続は、われわれの諸状態が互いに解け合っている持続であって、まさにこのような持続において、われわれは、行動の本性についてわれわれが思弁する例外的な唯一の立場、すなわち自由の理論の中へと思考によって身を置き直すための努力をしなければならない』(p.266 11行目-13行目、<>内テキスト傍点付き)

という部分の解説も少々不足している気がします。この点はこの節でも少し触れられることとなるでしょうが、ここまでの反省点として挙げておきたいと思います。

いずれも、私の理解不足によるものであり、読者諸氏には心よりお詫びを申し上げる次第です。

さて、この節では、前節までに『直接的な認識』、あるいは、その点において特に重要な『(意識によって生きられた真の)持続』と『緊張』、さらにそれらに『純粋震動』を含めてもいいと思うが、について議論されていたが、今度は『(物質的)延長』と『伸張性』に関して詳しく論じられています。

(2012/12/09 筆者注:「前節までの『直接的な認識』によって、『物質』を捕らえることを論じて」と記述していた部分が必ずしも正確とはいえなかったため改めた。理解不足によるご迷惑をお詫びいたします)

(2012/12/10 筆者注:第一節で「延長」という言葉の説明を以前間違っていたということをここで記述していたが、すでに修正したために削除した)

それでは、第一段落(p.299 1行目-p.302 12行目)を見よう。この節からは、これまでのまとめという意味もあるのか、段落内の文章を分けて端的に要約するのが難しいように記述されている。しかし、解説のためにはあえて分けてる必要がある。そのために数行飛ばすなどしてあえて分けた文章の差違を強調させるようなこともした。

まず、われわれが物事を区別するのには、『各々がそれ固有の特性を有していて、進化の一定の法則に従っているからだ』(p.299 3行目-4行目)という意味づけがある。しかし、第三節のマクスウェルの説(第十三段落、p.283 15行-p.285 5行目)実際はその『事物とその周囲とのあいだの分離は完全に決定されたものではあり得ない』(p.299 4行目-5行目)以下、一行飛ばして引用する。

(2012/12/10 筆者注:上段落の物質波に関するする記述はテキストに現れてきていなかったために削除。基本的にテキストに沿った解説ということでご理解いただければと思います) 

『物質的宇宙のすべての対象を繋ぐ緊密な連帯、それら相互の作用と反作用の永続性は、これらの対象が、われわれによってそれらに割り当てられたような明確な境界を実は持たないことを十分に証明している』(p.299 5行目-8行目)

『われわれの知覚はいわばそれら物体の残滓の形を描いている。われわれの知覚は、それらの対象に対する、われわれの可能的な作用が止まる地点、したがって、それらの対象がわれわれの欲求に関与するのをやめる地点をそれらの対象の端とする。以上が、知覚する精神の最初のそしてもっとも明らかな働きである。』(p.299 8行目-11行目)

(2012/12/10 筆者注:上引用文に『われわれの知覚は、それらの対象に対する、われわれの可能的な作用が止まる地点、』という部分が抜けていた。読者の皆様にはご迷惑をお詫びいたします)

ここまでを『以上が、知覚する精神の最初のそしてもっとも明らかな働きである』(p.299 11行目)といったん結ばれ、すぐに、

『その精神は、欲求の勧めや実生活の必要性に簡単に屈しながら、延長の連続性の中に分割された諸部分を描く』(p.299 11行目-13行目)

と続ける。つまり、もともとの『知覚』からえられる『直接的な認識』は、われわれの『欲求の勧めや実生活の必要性に簡単に屈』するような精神の働きにより任意に分割される自然な流れが生まれてくる訳である。それにはまず、その『現実的なものが恣意的に分割可能であるのを納得しておかなければならない』(p.299 14行目)

(2012/12/10 筆者注:上段落に「『欲求の勧めや実生活の必要性に簡単に屈』するような」という文を挿入。「人間の」という句を削除。このような改訂を心苦しく思いお詫びいたします)

『したがってわれわれは、具体的な延長である感覚性質の連続性の下に、無際限に変形可能で無際限に縮小可能な目を持った網を仕掛けなければならない。この単に考えられただけの実体、恣意的で無際限な可分性についてのこの全く観念的な図式が等質的空間である』(p.299 14行目-16行目)

と、ここまでを一つの流れを振り返っている。われわれは、ここにおいて、自然科学や幾何学の原初的、ア・プリオリな思考の傾向を得るわけであろう。ここからさらに続けて、

『 −ところで、現在のいわば瞬間的なわれわれの知覚が、独立した諸物体への物質の分割を行うのと同時に、われわれの記憶は、諸事物の連続的な流れを感性的性質へと凝固させる。われわれの記憶は過去を現在の中へと引き延ばす。』(p.299 17行目-p.300 3行目)

と述べる。このことに関しては前節で詳しく説明された。こうして、ここからは、過去と記憶、それから『持続』そして時間の観念の流れの説明へと入っていく。

(2012/12/10 筆者注:「このことに関しては前節で詳しく説明された」との一文を挿入。ご迷惑をお詫びいたします) 

上の引用文に続けて、『なぜなら、われわれの行動は、記憶によって増やされたわれわれの知覚が過去を凝縮したのと正確に比例して、それだけの未来を自由に使う』(p.300 3行目-5行目)と記憶の役割を説明するのだが、ここでは始めに『記憶によって増やされたわれわれの知覚』ということを考えてみたい。第三章を振り返れば、『感覚−運動』的な生を生きているのであった。そうすると『記憶によって増やされたわれわれの知覚』とは感覚であり、『記憶』は『感覚−運動』的な生のための情報つまり、第二章で言う『純粋想起』が相当するだろう。ある『感覚』に対して結びつけられる『運動』の記憶つまり『純粋想起』が多ければそれだけ選択肢が増える。結果、『正確に比例して、それだけの未来を自由に使う』事ができるようになる。

ところで、一方、物質はというと、

『蒙られた作用に、この作用のリズムにぴったり合わせつつ同じ持続の中で継続される直接的反作用によって反応すること、現在、それも絶えず再開する現在の中に存在すること、それが物質の根本的な法則である。そこに<必然性>は存している』(p.300 5行目-7行目 、<>内はテキスト傍点付き)

(2012/12/10 筆者注:上引用文がやや難解と感じたので、下の解説文を新規に追加し、補足した。未熟をお詫びいたします)

と対比させている。上引用文は、やや難解である。まず、順序を少し変えて、『現在、それも絶えず再開する現在の中に存在すること、』という文のほうをみると、こちらはこれまでも何度も説明されてきたように、物質はそのままで保存されているのではなく、法則に従ってそのように成っているのであった。『それが物質の根本的な法則である。そこに<必然性>は存している』ということにわれわれは何の異存もないだろう。残る初めの部分『蒙られた作用に、この作用のリズムにぴったり合わせつつ同じ持続の中で継続される直接的反作用によって反応すること、』であるが、途中を省略して『蒙られた作用に、直接的反作用によって反応すること、』という文章にすれば、これは、作用・反作用の法則を述べているというのがわかる。そのとき、『この作用のリズムにぴったり合わせつつ同じ持続の中で継続される』という部分であるが、これは、『作用』と『反作用』の力のベクトルの大きさが同じで向きが正反対であるということを意味しているのではないだろうか。

このあと、

『<自由な>行動、とは言わないまでも少なくとも部分的に不確定な行動が存在するとすれば、』(p.300 8行目)ということを考察する。ここから非常に長いこの一文の続きを見ると、

『そうした行動は、自らに固有な生成がそこに貼り付けられているところの生成を所々で固定することができ、この生成を判明な諸瞬間へと凝固させ、かくして物質を凝固させ、この物質を自らに同化することで、自然的必然性の網の目をくぐり抜けるような反作用へと物質を消化しうる諸存在にしか属することはできない。』(p.300 9行目-12行目)

とある。まず、全体の意味を分かりやすく言うと、物質は因果律に従い、『自らに固有な生成がそこに貼り付けられているところの生成』として『判明な諸瞬間へと凝固』し、『かくして物質』は『凝固』するのであるが、その因果律には従いながらも、『部分的に不確定な行動』であるためには、因果律という『自然的必然性の網の目をくぐり抜けるような』、そのような『反作用』へと『物質を消化』すなわち、『自らに固有な生成がそこに貼り付けられているところの生成』を『所々で固定することができ、この生成を判明な諸瞬間へと凝固させ、かくして物質を凝固』させたうえで、さらに『この物質を自らに同化する』、もっと分かりやすくいえば、食物を消化しそれを細胞へと作り直し、なおかつその細胞でできた身体を自らの意志で動かすことができるという、『作用』へと、文字通り『物質を消化しうる』ところの『諸存在』にしか、『<自由な>行動、とは言わないまでも少なくても部分的に不確定な行動』はできないであろう、と述べているのである。

(2012/12/10 筆者注:上段落で『反作用』と書いている点は『作用』の誤りだった。お詫びして訂正いたします。) 

ここから、ごく部分的で一時的であるにせよ、エントロピー増大則を生物は情報を用いることによって制限している実態がわれわれ現代の人間には見えてくるだろう。記憶についてにしてもこの負のエントロピーの記述にしても、情報ということに関してのベルクソンの深い考察をここで垣間見ることができる。

さてそのような存在、簡単に言ってしまえば生物のことであるが、

『これらの存在の持続の緊張の度合いは、結局、彼らの生の強度の度合いを表しており、こうしてそれが彼らの知覚の凝集力と、その自由の程度を決定している』(p.300 12行目-14行目)

(2012/12/10 筆者注 下の解説文で「短い持続に多くの知覚からの情報を『量』から『質』へと転換できるような『持続の緊張』こそが『生の強度の度合い』となっている、」と記述していた部分はよくよく考えれば、二種類の解釈が可能となっている。その後のテキストp.301 11行目までベルクソンによる解説が行われいるため、その部分をすべて引用して解説することにした。このような未熟によるご迷惑を読者の皆様にはお掛けすることは痛恨の極みであり、こころよりお詫びいたします。)

この部分は大変難解である。まず、『持続の緊張の度合い』ということこれは、前節第四節までの『質と量との隔たりは、<緊張(tensio)>なるものの考察によって小さくされうるのではないだろうか』(p.261 7行目-8行目、<>内はテキスト傍点つきとイタリック)として始まった部分に相当するだろう。これは、前節までの『質と量との隔たりは、<緊張(tension)>なるものの考察によって小さくされうるのではないだろうか』(p.261 7行目-8行目、<>内はテキスト傍点つきとイタリック)として始まった部分に相当するだろう。すなわち、短い持続に多くの知覚からの情報を『量』から『質』へと転換できるような『持続の緊張』こそが『生の強度の度合い』となっている、いう主張がまずここにある。極端な例を挙げれば、植物は『生の強度』はきわめて低く、高等動物になると高くなる。そのような尺度で見れば、『知覚の凝集力とその自由の程度を決定している』という記述になるのは必然となる。この後半部分は、第三章で見た『感覚-運動系』という生の働きを別の表現で示していると考えてもいいだろう。

(2012/12/10 筆者注:下の段落のもう一つの解釈を付加した)

ところで、一方で、特に前節第四節第七段落を思い起こすと、『持続の緊張』は『生きられた意識の真の持続』として『知覚の凝集力』に繋がっており、それが特に感覚から行動へ移る際の選択肢を増やすということで、『自由の程度』が決定されるとなってくる、という解釈も可能である。しかし、この解釈では『生の強度の度合いを表している』とは、いったいどういうことなのだろう。以上のふたつの解釈と、二つ目の解釈が正しいとした場合の、『生の強度の度合いを表している』の意味、これらの謎について、しばらくベルクソンの言うところを追って行こう。

(2012/12/10 筆者注:下「まず、」という文とその下の引用文を追加した。読者の皆様には、ご迷惑をお詫びいたします)

まず、

『周囲の物質に対するこれらの存在の作用の独立性は、物質が流れる際のリズムから彼らが一層解放されるに連れてますますはっきりと確証される』(p.300 15行目-16行目)

『その結果、記憶に裏打ちされたわれわれの感覚のうちで形をなすがままの感性的諸性質はまさに、現実的なものの凝固・固化によって獲得される継起的諸瞬間なのである』(p.300 16行目-p.301 1行目)

『しかし、これらの瞬間を識別するためには、同じく、それらを、われわれ自身の現実存在と諸事物の現実存在に共通の一本の糸によって一つに繋ぐためには、継起一般についての抽象的な図式、等質的で無差別な媒質<ミリュー>をわれわれは想像しなければならないのだが、かかる媒質は物質の流れに沿い、それを縦方向とすると空間は横方向になる。そして、この媒質のうちには等質的な時間が存している』(p.301 1行目-5行目、<>内はテキスト内フリガナ)

(2012/12/10 筆者注:下の一連の解説文は元は一つの段落だったが、新しく挿入した引用文の解説を追加した上で上の引用文と同じ区切りになるように分割し、元の解説も大幅に変更した。特に三番目の引用文の解説の内容は的外れとも言って良く、ほぼ一から書き換えた。このような大きな変更や修正が続くことをこころよりお詫びいたします)

と続いていく部分を見てみよう。

まず最初の引用(p.300 15行目-16行目)では、物質が物理法則に従ってある瞬間にそう成っていく連続、その『リズム』からの『解放』をより自由に行動できるという意味で用いており、かつそれが進化の度合いと言いたいのではないだろうか。

(2012/12/10 筆者注:下の二つ目の引用文の解説では、やはり二通りの解釈が可能となっていると言うことを説明した。そのために、以前の解釈とは別に、新しい解釈の解説文を一つの段落として挿入した。読者の皆様には、煩雑なことと思います。ご迷惑をお詫び申し上げます)

次の引用文(p.300 16行目-p.301 1行目)は、ここも二通りの解釈が可能である。一つは、AーD変換の「サンプリング」とそれに伴う「量子化」。すなわち、『現実的なものの凝固・固化によって獲得される継起的諸瞬間』をサンプリングと考え、『記憶に裏打ちされたわれわれの感覚のうちで形をなすがままの感性的諸性質』が『現実的なもの』に『凝固・固化』されることが「量子化」に相当するという考え。

もう一つは、『記憶に裏打ちされたわれわれの感覚のうちで形をなすがままの感性的諸性質』と『現実的なものの凝固・固化によって獲得される継起的諸瞬間』が等しいということより、前節第四節の第七段落で説明されたように、『記憶に裏打ちされたわれわれの感覚のうちで形をなすがままの感性的諸性質』が芸術作品となるとする考え。以上のふたつにの解釈が可能となる。

(2012/12/10 筆者注:この三番目の引用文のこれまでの解釈が間違っているというわけではないが、ここまでの考察との整合性がとれなくなってしまっているために、解説文を大幅に付け加えた。たびたびのご面倒を読者の皆様に、お詫びいたします)

三番目の引用文(p.301 1行目-5行目)を解説しようと思うが、次の第二節のベルクソンの記述を思い出していただきたい。

『われわれが経験の<曲がり角>と呼ぶものに身を置いたとき、<直接的なもの>から<有用なもの>へのわれわれの移行を照らしながら、我々の人間的経験の黎明に位置する生まれつつある微光が利用された時、この時にも、そのようにわれわれが現実<<レエル>>の曲線に見出す無限小の諸要素を用いて、それらの後ろ、暗闇の中に広がる曲線そのものの形を再構成する課題が残される』(p.264 9行目−14行目、筆者注:<>内はテキスト傍点付き、<<>>内はテキスト フリガナ)

結局、ここまでふたつの解釈が可能としてきたが、これは、上引用文の『暗闇の中に広がる曲線そのものの形を再構成する』ということがどういうことか、ということかということでもあるのではないだろうか。それが、やはり、この三番目の引用文でもはっきりしないまま、『持続』が『時間』の観念へと変化していくことが考察されている。注意すべきは、ここでは、物質を支配する因果律に支配されているところの、いわばこの宇宙の『持続』は『物質の流れ』と表現されており、いわゆる『等質的な時間』の観念とは厳密に区別されているということに気をつける必要がある。

そうすると、

『等質的な空間と等質的な時間はしたがって、諸事物の特性でも、諸事物を認識するわれわれの本質的な条件でもない』(p.301 5行目-6行目)

ということになる。ここでは、ベルクソンは『時間』という観念を厳密に三つに分けて考えていたということを強調しておきたい。つまり、『持続』と『(等質的な)時間』と宇宙の『持続』ともいえる『物質の流れ』とされるものだ。

(2012/12/11 上段落で不必要と思われる「『現実的なものの凝固・固化によって獲得される継起的諸瞬間』」を削除。また、アインシュタインの相対性理論に関して述べている部分も削除することにした。これは、すでに第三節で思うところを述べているためであり、また、個人的な感想でもあるため、ここに記述することはふさわしくないのではないかと考えた。その他、分の体裁も整え直した。読者の皆様にはご迷惑をお詫びします)

このあと、この『等質的な空間と等質的な時間』が、幾何学やそれを基礎にした力学を発達させるための抽象的な『<行動>の図式』(p.301 10行目、<>内はテキスト傍点付き)であるということを説明した後、『第一の誤り』として次のように断じている。

『第一の誤りは、この等質的な時間と空間を諸事物の特性とする誤りなのだが、それは、形而上学的独断論 —機械論であれ力動説であれ— の乗り越えがたい諸困難へと通じている。』

以下、力動説と機械論を批判しているのであるが、力動説とは世界はある種の力をもって根本的な成立の要件としているライプニッツの哲学のことを指し、機械論はすなわち、この宇宙のすべてを古典物理学で説明できるとしたデカルトを元となす哲学的世界観のことをさしていると考えていただいていいと思う。

『力動説は、流れる宇宙に沿ってわれわれが作り出す継起的切断面のいずれをも絶対的なものへと仕立て上げ一種の質的演繹によってこれらの切断面を互いに繫ごうとむなしく努めている。機械論は、ひとつの任意の切断面の中で、横方向に行われた諸分割、すなわち大きさと位置の瞬間的な諸差異にむしろ執着し、感性的諸性質の連続性をこれらの際の変動を用いて生み出そうとやはりむなしく努めている』(p.301 12行目-16行目)

このあと、『では反対に、別の仮説に賛同してカントとともに、空間と時間はわれわれの感性の形式であると主張すべきであろうか』(p.301 16行目-p.302 1行目)と、先の『第一の誤り』と対称させている。

(2012/12/11 筆者注:「ちなみに、『カントとともに』というのはドイツ観念論のことを示している。以下、見ていこう。」を削除。カントはドイツ観念論の始まりで現代においても最も重要な哲学者の一人だと言って良いだろうが、ドイツ観念論がすべてカントと同じ学説であるわけではないため)

『その場合には、物質と精神は等しく不可知なものであると宣言されるに至る。ところで、対立する二つの仮説が比較されれば、それらに共通の基盤が発見される。等質的な時間と等質的な空間を観相された実在ならしめるにせよ、あるいはまた観相の形式ならしめるにせよ、これら二つの仮説はどちらも、空間と時間に、<生命的(vital)>というよりはむしろ<思弁的な(spéculatif)>利害を与えている。』(p.302 2行目-5行目)

このあと、『したがって』と続くのであるが、それは、『生命的(vital)』な観点から見て、その間に入り込む余地があるということを言っているわけであろう。その一文は非常に長いが、この段落の最後の文となっているので、全部を引用しよう。ここまで読んできて頂いた読者諸氏にはそれでも十分ご理解頂けると確信している。要点としては、その学説は、次の三つ点からなる論理構成をまず否定し、

1.『認識のためではなく行動のために現実的なものに導入された分割と凝固の原理を等質的な空間と時間の中に看取』する (p.302 7行目-8行目)
2.そのように区別された『諸事物』に『現実的な持続と現実的な延長を付与』する (p.302 8行目-9行目)
3.『最後には、すべての困難の起源を、諸事物に実際に属し、われわれの精神に対して直接的に現出する持続と延長の中に認める』 (p.302 9行目-10行目)

そうではなくて、その困難、つまり、物質の実在や、あるいは、この章の始めに議論したような二元論的な考え方の困難(比延長と延長、質と量の隔たり)に関して、

『連続的なものを分割し、生成を固定し、己が活動に作用点を供給するために、諸事物の下にわれわれが張りめぐらす等質的な空間と時間の中に認めるだろう』(p.302 10行目-12行目)

という学説のことである。では、既に解説の中でほとんどを引用したがその全文を改めてこの段落の解説の最後に示したい。

『したがって、一方の形而上学的独断論と他方の批判哲学のあいだには、ある学説のための余地があることになろうが、この学説は認識のためではなく行動のために現実的なものに導入された分割と凝固の原理を等質的な空間と時間の中に看取し、諸事物に現実的な持続と現実的な延長を付与し、最後には、すべての困難の起源を、諸事物に実際に属し、われわれの精神に対して直接的に現出する持続と延長の中に認めるのではもはやなく、連続的なものを分割し、生成を固定し、己が活動に作用点を供給するために、諸事物の下にわれわれが張りめぐらす等質的な空間と時間の中に認めるだろう』(p.302 5行目-12行目)

以上、第一段落を解説した。


第二段落(p.302 13行目-p.303 7行目)を見てみよう。

ここは短い段落なのですべてを引用しても良いと思う。

まず、

『もっとも、感性的性質と空間についての数々の誤った考えは、精神の中に非常に深く根を張っているので、それらを一度にどれだけ多くの点について非難しても行き過ぎということはないだろう。』(p.302 13行目-15行目)

ということからはじめ、『数々の誤った考え』の『新たな様相』(p.302 15行目)の切り口として、『それらが、実在論によっても観念論によっても等しく受け入れられている次の二重の公準を含意していることを述べておこう』と続く。

その二重の公準とは、以下の通りである

『第一に、多様な種類の性質のあいだには、共通なものは何もない』(p.302 17行目)
『第二に、延長と純粋なもののあいだには、共通なものは何もない』(p.303 1行目)

(2012/12/11 筆者注:下解説文では、『延長』に対する解説と、カント哲学とドイツ観念論を同一視する記述を改めた。読者の皆様にはたびたびのご迷惑をお詫びいたします)

『延長』とはこの説をはじめるときにも少し述べているが、物質の測定できる属性表している。例えば、大きさと物質の『純粋なもの』はまったく別のものである、というのが『実在論』即ちこの場合はデカルトの哲学を端緒とする物そのものが実在するという考え方と、カントの哲学の共通点であるけれども、

『われわれの説は反対に、異なる種類の諸性質のあいだには何か共通なものが存在し、それらの性質はすべて延長をさまざまな度合いで分有していると、そしてまた、これらの二つの心理を見誤るなら、必ずや、物質の形而上学、知覚の心理学、より一般的には意識と物質の関係についての問いを無数の困難で難渋させることになると主張する』(p.303 1行目-5行目)

と述べている。

この後は次の段落からの展開を述べてこの段落を終えている。まとめれば、ここでは、『さしあたり、物質についての多様な理論の根底に、われわれが異議を唱える二つの公準があることを指摘するにとどめ』、なぜこのような公準が出てきたかについてその拠りどころとなった『錯覚へと遡ることにしよう』と言う。(p.303 5行目-7行目)

以上で第二段落の解説を終える。


第三段落(p.303 8行目-17行目)を見てみよう。

ここからは、イギリス観念論が論じられることになる。この段落には具体的には書いてないが、内容からしてもこの後に名前の出てくるおそらくジョージ・バークリーが唱えた観念論で、その主とするところは『物質の客観性を否定し、「存在することは知覚されることである」("Esse is percipi"、エッセ・イス・ペルキピ)という基本原則の観念論を提唱した。』(Wikipedia:http://ja.wikipedia.org/wiki/ジョージ・バークリーより引用)とされるものの批判であろうと思われる。

ここも短い段落であるのでほぼすべてを引用しながら解説することになる。

それはまずこのように始まる。

『イギリス観念論の本質は、延長を触覚的知覚のひとつの特性とみなすことにある。イギリス観念論は、感性的性質のうち感覚だけしか見ず、感覚そのもののうちに魂の状態しか見ないので、多様な性質のうちに、こっらの現象の併行関係を確立しうるものを何も見出さない』(p.303 8行目-11行目)

ごく分かりやすく言ってしまえば、感覚に量的なあるいは数学で言うスカラーというものは認めず、そのまま質あるいは質感ということになるので、『延長』すなわち物の大きさなども質感ということになるということであろう。これはベルクソンの唱えるところ、つまり、感覚はすべて質であるということにも一致するように思える。

(2012/12/11 筆者注:上段落で量、質、質感についていた『』を外した。特に引用しているわけではないため。大変恥ずかしい間違いであり、お詫びいたします)

しかもベルクソンは、こう続けている。

『そのためイギリス観念論は、この併行関係をある習慣によって説明するのを余儀なくされるのだが、この習慣ゆえに、例えば視覚における現在の知覚は、触覚についての可能的な感覚をわれわれに示唆することになる』(p.303 11行目-13行目)

この上記引用にある、『ある習慣』というのは、ベルクソンが唱えるところの『感覚-運動』なるわれわれの生における『純粋想起』によく似ているようにも思われる。しかしながら、ここではp.302 17行目-303 1行目に記述されていた二重の公準、すなわち、
『第一に、多様な種類の性質のあいだには、共通なものは何もない』、『第二に、延長と純粋なもののあいだには、共通なものは何もない』ということの問題点として論じていのであった。ベルクソンはその間に共通のものを見出そうとしていた(p.303 1行目-5行)。そこでは、結論として、『異なる種類の諸性質のあいだには何か共通なものが存在し、それらの性質はすべて延長をさまざまな度合いで分有している』と述べられている。この考えは後でも説明されているのだが、もともとは、『等質的空間』の中で『運動』が生じるのではなく『運動』を絶対視することで『等質的空間』が生じ、物体が任意に分割可能になるというところから生じていると言う結論に達する。この辺りは非常に難解なのでまた後で述べられているという部分に達したときに詳細に考察、解説を試みたい。

(2012/12/11 上はもとは2段落だったが、意味的なまとまりも考えて少し長いが1段落にした方がわかりやすいと考えまとめた。外に特に改訂した部分はなく、読者の皆様にはご理解いただけますようお願いします)

では、引用を続けよう。ここからはイギリス観念論の問題点を決定づけているところである。ここで第三段落で終わり、いったんイギリス観念論についての議論が終わる。読みやすさを考慮して、引用文はふたつに分けた。内容としては、この観念論においても『二重の公準』すなわち、『第一に、多様な種類の性質のあいだには、共通なものは何もない』、『第二に、延長と純粋なもののあいだには、共通なものは何もない』が存在しているということを前提としている。イギリス観念論では物質はそもそも存在しないのであるから『延長』自体がそもそも理論的に存在しえないはずが、ここではそれは『触覚』の属性として存在すると説明されているようだ。一方、この理論においても、『多様な種類の性質のあいだには、共通なものは何もない』、わけであるのでそもそも『視覚』と『触覚』に共通な性質は何もない。従って、『視覚』には(理論的にあり得ない)『延長』や、もしくは『伸張性』などの属性はそもそもにおいてない。ないはずなのに何らかの『習慣』によって『触覚』としてそれは感じられるというのはおかしいのではないか、という批判ではないだろうか。この点においては第五段落において総括されているのでそちらも参考にしていただきたい

(2012/12/11 筆者注:上解説文において何が問題かを明確に書くことにした。以前、この辺りが共感覚によるもの、という批判があったためである。ベルクソンが言いたいのは共感覚のようなものではなく、そももそ他方(ここでは視覚)に延長や伸張を感じる仕組みがないのにどうして、それは触覚のようなそれらを感じる仕組みに翻訳できるのか、ということであるはずだが、その辺りが伝わっていないという気がするためである) 

『二つの相異なる感覚の印象が、二つの言語に属する語彙のように互いに類似していないのなら、一方の感官の所与を他方の感官の所与から演繹しようとしても無駄である。これらの印象は共通の要素を持っていない。』(p.303 13行目-15行目)

『したがって、つねに触覚のものである延長と、触覚とは別の感官の書との間に共通なものは何もなく、後者の所与はいかにしても延長を持つことができない』(p.303 15行目-17行目)

以上、第三段落を解説した。


第四段落(p.304 1行目-10行目)を見てみよう。

ここも短い段落で、『原子論的実在論』の批判がされる。これも同じく、ベルクソンのいう『質と量との隔たり』によるものという結論になる。

ここは、ベルクソンのいうところを簡単にまとめてみよう。まず、

『運動を空間のうちに、感覚を意識のうちに置く原子論的実在論』に関しては『延長の変化あるいは現象とそれに対応する感覚』を結びつけるものがないという批判が展開される。(p.304 1行目-3行目)

この場合、『感覚』というのはそれ自体が一種の形而上学的な作用によって感じられるか、もしくは言語としての表現を持つということになるだろう。(p.304 3行目-5行目)

 その場合、そうした感覚というのは『それらの感覚の原因になったイマージュを映し出していないだろう』。つまり、感覚器官から何らかの形で形而上学的に映し出された質感や、逆に記憶から得られた感覚から形而上学的な何らかの方法で『感覚』として延長を理解することになる。その起源を遡れば『感覚はすべて空間における運動という共通の起源』を持つことになるだろう。つまりは『運動』も『感覚』と同じように形而上学的なものであり、その形而上学的に発生する『原子』の『運動』こそ感覚の源ということになるだろう。(p.304 5行目-7行目)

(2012/12/11 筆者注、第二文の「逆に」以降の説明を補足した。説明が不足していたと思われたためである。読者の皆様には、不手際をお詫びいたします)

以上の視点から、次のような結論をベルクソンは導き出す。以下、引用しよう。

『しかし、まさに感覚は空間の外で進展しているのだから、感覚は感覚である限り、感覚の諸原因の関係をも絶っているのであり、そのようにお互いを分有もしていなければ、延長も分有していないのだ』(p.304 7行目-10行目)

つまりは、さまざまな『質感』がそれぞれに独立したものでなにも共通点がないならば、どうしてわれわれは『延長』をもつ『物』という実在を理解しうるのか、と言っているのであろう。

以上で、第四段落の解説を終わる。


続いて、第五段落(p.304 11行目-17行目)を見てみよう。

ここからは以上の『観念論』と『実在論』に関しての総合的な批判がなされていく。ごく短い段落なので、全文を引用しよう。解説は特に必要ないと思われる。なお、読みやすさを考えて、引用文は三つに分割してある。

『それゆえ、ここでは観念論と実在論は次の点においてしか異なっていない。前者は、延長を触覚の知覚まで後退させ、延長が触覚の知覚の占有的な特性になるのに対して、後者は延長をずっと遠くに、あらゆる知覚の外へ押しやっている。』(p.304 11行目-13行目)

『しかし、これら二つの学説は、純粋に延長を持つものからいかにしても延長を持たないものへの突然の移行を肯定するのと同様、多様な種類の感性的性質の不連続性を肯定することで一致している』(p.304 13行目-15行目)

『ところで、この学説のどちらもが、知覚の理論の中で突然突き当たる主要な困難は、この共通の公準から派生しているのである』(p.304 15行目-p.304 17行目)

以上が第五段落でベルクソンが述べるところである。


第六段落(p.305 1行目-p.307 11行目)を見てみよう。

この段落では、第三段落でも批判されたおもにバークリーの学説(イギリス観念論)が再び批判されている。

(2012/12/11 筆者注:上の文には第三段落でも触れられたことを補記した。不手際をお詫びいたします)

はじめからしばらくはごく簡単にまとめてみよう。まず、ここで批判されているバークリーの学説というのは、『延長』は触覚に固有のものであり、ほかの感覚はそれと『ある種の習慣』によって結び付けられて『延長』を理解する、とまとめてもいいだろう。

それに対し、ベルクソンは、『百歩譲って、聴覚、嗅覚、味覚の所与には延長を与えないでいることができるだろうが、それでもなお、触覚的空間に対応する視覚的空間の生成を説明しなければならないだろう』(p.305 2行目-4行目)と指摘する。

(2012/12/11 筆者注:以下、省略していたイギリス観念論の主張に当たる部分の引用文とその解説を挿入した。議論を詳しくするためである。ご面倒をおかけすることをお詫びいたします。)

『たしかに、その口実として、視覚は最後には触覚を象徴するものになるとか、空間の諸関係についての視覚的諸知識のなかには触覚的知識を示唆するものしか決して存在しないとか主張される』(p.395 4行目‐5行目)

と、このように、ベルクソンはバークリーの学説について述べる。

これに対して、ベルクソンが反例として挙げているのが『立体(relief)についての視覚的知覚、<独特で>しかも名状しがたい印象をわれわれに与えるこの知覚』(p.305 7行目、<>内はテキスト傍点つき)である。

『触覚』がこの『立体(relief)についての視覚的知覚』を表現するとするのは難しいだろう。『ある想起と現在の知覚との連合は、この知覚を既知の要素で豊かにしながら複雑化することはできるのだが、新しい種類の印象、新しい性質の知覚を<創造する(creer)>ことはできない』(p.305 8行目-10行目、<>内はテキスト傍点つきとイタリック)と述べている。

この後、視覚的知覚についてはすでに述べた(第一章第九節『イマージュ本来の伸張性』(p.75 12行目-p.76 7行目))が、重要なので繰り返す、と言っている部分を引用して見てみよう。以下、相当長いが、このことが段落の最後まで述べられている。所々に注釈を入れながら見ていこう。

(2012/12/11 「視覚的知覚についてはすでに述べた(第一章第四節『イマージュの選択』、(p.44 13行目-p.46 14行目)が相当すると思われる)」という部分、実際には第一章第九節『イマージュ本来の伸張性』の(p.75 12行目-p.76 7行目)が実際は相当すると思われるので訂正した。読者の皆様には、このような過ちを起こしたことを、こころよりお詫びいたします。なお、参考までに少し長くなるが該当部分、二段落を引用しておきたい。

『われわれは、論述を簡略化するために、われわれがかつて例として選んだ視覚的感官に戻ることにしよう。通常網膜の錐状体と桿状体によって受けられた諸印象に対応する要素的な諸感覚が与えられる。視覚的知覚が再構成されるのは、これらの感覚を用いてである。しかし何よりまず、一つの網膜があるのではなく、二つの網膜がある。それゆえ、相異なるものと想定された二つの感覚が、空間の一点とわれわれが呼ぶものに呼応する唯一の知覚のうちでいかにして融合するかを説明しなければならないだろう。』(p.75 12行目‐17行目)

『この問題が解決されたものと想定しよう。話題となっている諸感覚は非伸張的なものだ。その感覚がいかにして伸張を授かるのか。延長の中に、諸感覚を受ける準備のできた枠組みを見るにせよ、あるいはまた、一緒に融合することなく意識のなかで共存する諸感覚の単なる同時性(simultanéité)の結果を見るにせよ、どちらの場合でも、延長と共に、それについては説明されないような何か新しいものが導入されるだろう。そして、感覚が延長と再び一緒になる過程、それぞれの要素的感覚による空間の決まった点の選択は、説明されないままにとどまるだろう』(p.76 1行目‐7行目)

なお、この章では、特に後半の段落で論じられていることが詳細に論じられていると思われる)

『知覚についてのわれわれの諸理論は、ある装置が決まった瞬間にある知覚の錯覚を生じさせる場合、その装置だけでこの知覚そのものを生じさせるのに常に十分でありえたという考えによって、その全体が汚染されている-まるで記憶の役割は、原因が単純化されても結果の複雑性を存続させることでは必ずしもないかのように!』(p.305 16行目-p.306 3行目)

ここで出てくる『原因が単純化されても結果の複雑性を存続させること』とは、おそらく、このあとすぐ出てくる例えば、網膜に映ったものは平面の画像であるものを立体として理解する、などの例を意味しているのだろう。

『網膜そのものは平面であるし、またわれわれが視覚によって何か延長を持つものを知覚するならば、それはいずれにしても網膜のイマージュでしかありえないと言われるだろうか。しかし、われわれがこの本の冒頭で示したように、ある対象の視覚的知覚においては、脳、神経、網膜、そして<対象そのもの>がひとつの密接な全体、連続的過程を形成していて、網膜イマージュはそのひとつの挿話でしかないというのは真実ではないだろうか。では、いかなる権利でこの網膜イマージュを孤立させ、知覚全体をこのイマージュへと要約するのか。次に、同じくわれわれがすでに示したように(13)、面は、三つの次元が復元されているような空間の中でとは別の仕方でも面〔表面〕として知覚されうるのだろうか』(p.306 3行目-11行目、(13)は章末文献番号、ベルクソン『意識に直接与えられたものについての試論』のこと)

『バークリーは少なくとも、彼の説を最後まで推し進めた。バークリーは視覚に対しては、延長についてのどんな知覚も認めてはいない。』(p.306 11行目-12行目)

要約すれば、視覚による知覚にはとは別に、網膜に当たる光線からくる圧力による触覚によって『延長』を認めているというのがバークリーの説ではないかと思われる。一方、ベルクソンは、生体内の視覚のシステムと対象をひとつとみなした記憶がその立体に対する質感と『延長』をわれわれにして理解させている(あるいは、意識している)言いたいのではないだろうか。たとえば、われわれの目の両方の網膜から得られる画像をそれぞれは微妙に違う。それを総合して、ものを見分けるというには網膜の働きだけではなく明らかに情報を統合し、記憶による照会・照合を経てわれわれはものを見ているということを意味しているのではないだろうか。

(2012/12/12 筆者注:例えば、以降われわれの二つの網膜の総合についての例を追記した。これまでの説明不足の点をお詫びいたします)

ところで、バークリーの説には問題があるという。それは簡単に言えば、どうして、網膜単体だけで同時併行に起こる視覚と触覚を結びつけることができるであろうかということのようである。以下引用を続けよう。

『というのは、想起の単なる連合によって線や面や体積についてのわれわれの視覚的知覚の独創性な点がいかにして創造されるかはわからないからで、因みに、これらの知覚のそのものはあまりにも明瞭なので、数学者もそれに甘んじ、通常もっぱら視覚による空間に基づいて推論しているのだ』(p.306 14行目-17行目)

このあと、バークリーが根拠とした心理学的議論(『視覚の後天的な理論』)について、

『現代心理学からの多くの攻撃に必ずしも耐えられるとは思えない(14)』(p.307 2行目-3行目、(14)は章末文献番号、複数の文献が挙げられている)

と述べた後、『心理学的な種類の困難は脇に置き、われわれにとって本質的な別の点に注意を促すに留めよう』(p.307 3行目-4行目)と、こう続けていく。

『視覚は空間の諸関係について独自なことをわれわれに何も教えてくれないと一瞬想定してみよう。その場合、視覚的形、視覚的立体、視覚的距離は触覚的知覚の象徴と化す。しかし、なぜこの象徴化はうまくいくのかということがわれわれに語れねばならないだろう。ここに、形を変えながら動いている諸対象がある。視覚はある一定の変移を確認し、ついで触覚がそれらの変移を実証する。それゆえ、視覚と触覚の二系列あるいはそれらの原因の中には、視覚と触覚を互いに対応させ、両者の二系列あるいはそれらの原因のなかには、視覚と触覚を互いに対応させ、両者の併行関係の恒常性を保障する何かが存在している。このような連結の原理はいったい何なのか』(p.307 4行目-11行目)

以上で、第六段落の解説を終わる。


第七段落(p.307 12行目-p.309 2行目)を見よう。

この段落でベルクソンはまずこう断じる。

『イギリス観念論にとって、<機械仕掛けの神>でしかありえず、我々は不可解な神秘<<ミステール>>へと戻される』(p.307 12行目-13行目、<>内はテキスト傍点付き)

『機械仕掛けの神』は『時の氏神』とも訳され、お芝居の終盤に現れ都合よくさまざまな問題を解決するような神様をいう。

また、『原子論的実在論』(ここでは『通俗的実在論』と言っている)についても次のように述べている。少し長くなるが、全文を引用しよう。

『通俗的な実在論にとって、諸感覚間の対応の原理が見いだされるのは、諸感覚とは区別された空間のなかである。しかし、この学説はこの困難を先送りし悪化させてさえいる。なぜならこの学説は、空間内の等質的諸運動の体系がいかにして、それらの運動とはなんの関係も持たない多様な感覚を持つかをわれわれに語らなければならないだろうからだ。』(p.307 13行目-17行目)

『つい先程のことだが、イマージュの単なる連合によって、空間についての視覚的知覚が生成する過程は、紛れもない<無からの(ex nihilo)>創造を含意しているようにわれわれには思われた。』(p.307 17行目-p.308 2行目)

『ここでは、すべての感覚は無から生じているか、あるいは少なくとも諸感覚を引き起こす機会となった運動と何ら関係を持たない。結局、この第二の理論はそう思われているほどには第一の理論とは異なってはいないのだ』(p.308 2行目-4行目)

補足説明が必要なのは上記引用の二番目(p.307 17行目-p.308 2行目)の部分だろうが、これは単に前に出たイギリス観念論の『機械仕掛けの神』による視覚と触覚の結び付けを指しているものと考えて良いと思う。

以下、『イギリス観念論』と『通俗的原子論』は『延長』を他の知覚から切り分けており、それを『触覚』に置くか『自存的存在に仕立て上げられ』た『触覚的知覚』の違いしかない(p.308 5行目-8行目をまとめた)。しかも、『通俗的原子論』では『もはや、触覚的知覚抽象的図式しか残されておらず、その図式を用いて外界を構成させることになる』(p.308 9行目-11行目)

結論として、

『こうなると、一方のこの抽象的概念と他方の諸感覚のあいだに、もはやか可能的な連絡が見つけられないとしても、驚くことがあるだろうか』(p.308 11行目-12行目)

となる。以下、この段落の結論である。引用しよう。

『しかし、本当のところは、空間はわれわれの外にあるのでも内にあるのでもないということであり、空間は諸感覚の特権的な一集合には属してないということである』(p.308 12行目-14行目)

『<すべての>感覚が延長を分有しており、すべての感覚が程度の差はあれ深い根を延長に張っている』(p.308 14行目-15行目、<>内はテキスト傍点つき)

『そして、通俗的な実在論の諸困難は、諸感覚相互の親戚関係が根こそぎにされて、無際限で空虚な空間の形で脇に置かれてしまったので、いかにしてこれらの感覚は延長を分有し、いかにしてそれらは互いに対応し合っているのかがもはやわれわれには分からなくなったことに由来している』(p.308 15行目-p.309 2行目)

以上、第七段落を解説した。


第八段落(p.309 3行目-11行目)を見てみよう。

ここは短い段落で、文のつながりを考えてごく簡単にまとめて次の第九段落を見てみたい。そのほうが理解しやすいと思われるからだ。

内容としては、以下の最初の一文に尽きると言える。すなわち、

『われわれの感覚はすべてある程度は伸張的であるとの考えは、現代の心理学にますます浸透している』(p.309 3行目-4行目)

という、当時の心理学的裏づけである。参考文献として(15)、(16)とあげられるのは、章末にあるように、それぞれ、ウォード「大英百科事典の項目、心理学(art.Psychology de l'Encyclop. Britannica)、W.ジェームズ『心理学原理』(Principles of Psychology,t.II,p134 et suiv.)である。

あるいは、こうも言っている。

『より注意深いある心理学は反対に、すべての感覚を元来伸張的なものとみなす必要性をわれわれに明かしているし、おそらくは今後次第にはっきりとそれを明かすことになるだろう。ただ、触覚的延長、さらにおそらくは視覚的延長の高度な強度と有用性を前にして、その他の感覚の延長は色あせ、消え去ってしまうのだ』(p.309 8行目-11行目)

以上、第八段落を簡単にまとめた。


次に第九段落(p.309 11行目-p.311 6行目)を見てみよう。

この段落でこの節『延長と伸張性』は終わる。読者にはもうほとんど『延長と伸長性』について、ベルクソンの言いたいことはお分かりであろうが、多少長い段落でもあるので、少し丁寧に解説をしてみたい。

(2012/12/13 ただし、この節では第一段落で二通りに解釈できる部分についての問題は解決していない)

まず、ここまでの議論を受けてこう始まる。

『このように解されれば、空間はまさに固定性と無限可分性の象徴である具体的な延長、すなわち感性的諸性質の多様性は空間の中にはない。われわれが多様性の中に空間を置くのである。空間とは、現実的運動がその上に措提されるところの土台ではない。反対に現実的運動のほうが自らの下に空間を置くのである』(p.309 12行目-p.309 15行目)

(2012/12/13 下解説文は、私個人にしかわからないと思われる表現になっていた。明らかに他人には通じない内容で、ほぼ間違いとも言って良い内容だったため、すべてを改めた。読者の皆様にはたびたびの失態をお見せすることになり、大変申し訳なく思います。)

ここでは、前段落最後を受けて初めに、『具体的な延長、すなわち感性的諸性質の多様性は空間の中にはない。』と述べている。われわれは、『延長』によって『空間はまさに固定性と無限可分性の象徴である』ように思いまた、そのような『空間の中に』延長があるように思い、『現実的運動』もその中で行われているように思い(『その上に措提されるところの土台』の部分)がちである。しかし、この第四章の第三節、第四節でも見てきたように、われわれにとってすべては一度きりの出来事であり、『反対に現実的運動のほうが自らの下に空間を置く』という考え方の方が実は正しい。

以下、しばらくは、われわれがなぜ、『無際限』で『等質的な空間』によって運動や物質を推し量ろうとするのか、そして、この錯覚こそが、精神と物質を分ける二元論の過ちの元になっているということが説明される。しばらく、引用しよう。

『しかし、われわれの想像力は、とりわけ表現の便利さや物質的生活の諸欲求に心を奪われているので、諸項の本来の順序を逆転させることを好む。』(p.309 15行目-17行目)

『その外見上の固定性がなによりもわれわれの低位の諸欲求の不変性を映し出している、すっかり構築された不動のイマージュの世界のなかに、われわれの想像力はみずからの支点を探し求めることになれているので、この想像力は、動性よりも前に静止を信じ、静止を目印にし、静止のうちに安住し、要するに、空間が運動に先立つのだから、運動のなかにももはや距離の変化だけを見る事を余儀なくされる』(p.309 17行目-p.310 4行目)

それゆえ、『距離の変化に運動を押しつける』ことで『数々の位置を固定する』ような『軌道』という分割可能でな『線分』を、『運動』と同一視し、さらには、『運動』が『軌道』という『線分』が感性的諸性質をすっかりうしなっていることと同様に、『運動』も『性質を欠いていることを望むだろう』。(p.310 4行目-8行目)

(2012/12/14 筆者注:上段落に「『数々の位置を固定する』ような」という句を挿入したほか、若干表現を変えた部分がある。読者の皆様には、たびたび、このような変更をすることを申し訳なく思います)

くどいようだが、ここまでをもう一度説明すると、これまでにも議論してきたように、生物においての『低位の諸欲求の不変性』が、すなわち、われわれをして、われわれに共通の、

 1.『すっかり構築された不動のイマージュの世界』を想定し、
 2.そこに『みずからの支点』というもの設定する

ということ想像させる。この想像力によって、すべてに先立つ『空間』を想定し、静止した『支点』という考え方に慣れたわれわれは、さらに、『運動』よりも『静止』を優先するものとし、『運動』も『静止』という点に置き換え、点をつなぎ合わせた『軌道』という線に『運動』を置き直し、この『感性的諸性質』を持たない『軌道』を『運動』と同一視する、という転倒が起こる。

これは本末が転倒している『表象』であるわけであるから、『われわれの悟性がこの考えのうちに矛盾しか見いだせないとしても、驚くことがあるだろうか』ということなる(p.310 8行目-10行目)

以下、同様のことが、『数々の運動と空間を同一視したのだから、これらの運動は空間と同様に等質的であると思われる』(p.310 10行目-11行目)ということから展開されるのだが、その部分を簡単に説明すれば、運動には距離と速度の差違しか見ないので性質は消滅され、

『そうなるともはや、運動を空間のなかに、諸性質を意識のなかに押し込め、仮定からして決して結びつき得ない併行する二つの系列のあいだに不可解な対応を打ち立てるだけである』(p.310 13行目-15行目)

このあとに起こることを、ベルクソンの詩的な表現をそのまま引用して説明することにしよう。

『意識のなかに投げ返された感覚的諸性質は延長を取り戻すのに無力なものと化す。空間、それも、唯一の瞬間しか存在せず、すべてが絶えず再開される抽象的な空間のなかに追いやられた運動は運動の本質そのものである現在と過去との連帯を放棄する』(p.310 15行目-p.311 1行目)

『そして、知覚の二つの要素である性質と運動は、等しく不分明さに包まれているので、自己閉鎖的で空間とは無関係な意識が空間のなかで起こることを翻訳するような知覚の現象は不可解な神秘となっている』(p.311 1行目-3行目)

以上が、以前にも説明された『運動』を『直接的な認識から覆い隠す象徴的形式化(figuration symbonique)』(p.268 2行目-3行目)の説明になるだろう。

(2012/12/14 上段落では「『二元論』の本質」という言い方は、大げさ誤っているので改めた。理解力の不足によるものであり、読者の皆様にはこころよりお詫びいたしたいと思います)

しかし、『持続』を想定し、『空間』よりもむしろ『時間』において、『運動』や『物質』をありのまま見る、という方法を用いることで、論理的にも心理学的にもそのような転倒は起こらなくなるのがこれまでのベルクソンの主張であったはずだ。では、一応、この段落の最後、そしてこの節の最後の部分を引用してすることで、ここまでの解説の結びとしよう。

『 —反対に、解釈あるいは測定に係わる一切の先入観を斥け、直接的な実在と対面(face à face)してみよう。われわれは、知覚と知覚される事物のあいだ、性質と運動のあいだに、乗り越えがたい隔たり、本質的な差違、真の区別さえもはや見出すことはできない』 (p.311 3行目-6行目)

以上、第九段落を解説した。

また、以上をもって第五節『延長と伸張性』の解説とする。

(2012/12/19 筆者注:以下の注記を挿入した。)

なお、この説最後まで、この文初めの自由についての記述や、第一段落での二通りに解釈できる部分の謎について、触れられていません。これらのことについては、第六節の終わりの方でまとめて触れることになります。これは、第五節、第六節でこの本のすべての内容をまとめるに及んで二つの節に分けられており、この書でよくあることですが、ベルクソンはその内容を節ごとに明確に区切っていないということのためであります。読者の皆様にはご不便不自由を強いることになり、大変申し訳ありませんが、もうしばらく御寛宥を頂きたくお願い致します。